その8、オジイと花火
皆で沢山遊んで、最後は花火で終わる。
これが私達の夏だなって思う。
いつもはテニスやってるから、毎回遊んでるわけじゃないけど…遊ぶ時は思いっきり遊ぶのが私達のモットーなのである。
皆でやる中でも花火は特に好きだ。
花火自体が好きなのだけど、皆と…このメンバーとやる花火が何より楽しい。
「………………」
だけど、同時に…もうこの夏はあと何日か過ぎてしまえば終わってしまうのかと思うと、寂しい。
全国大会が終わってしまえば、私達3年は部活を引退してしまう。
……卒業してしまえば、もうここに私の居場所はなくなってしまう。
わかっているけど、なんとなく、嫌だなって思う。
このまま、この楽しい時で永遠に止まってしまえばいいのに、なんて。
「なんでぇ元気ないの?」
「オジイ…」
私が花火片手に一人落ち込んで(べつに落ち込んでたわけじゃないんだけど…)いると、後ろからオジイが声をかけてきた。
オジイも花火を片手に持っている。
パチパチと綺麗に色付いた火花が散っている。
オジイはなんでもお見通しなんだね、ため息混じりに呟いた。
「なんだかね、寂しくなっちゃったんだ…この夏で…もう終わっちゃうんだなぁって」
しゅん、火薬がなくなったのだろう、勢いよく火花を散らしていた花火が消えてしまった。
水を張ったバケツに花火を入れると、ジュッ、と音を立てた。
まるで花火のように、この夏もあっという間に終わってしまうのだろう。
当たり前の事なのに、寂しい。
「そりゃ、引退した先輩達はくるんだけど…私はマネージャーだしさ…なんか、皆とは違うのかなって。…全国大会終わって、部活引退して…そしたら、ここに私の居場所はなくなっちゃうのかなって…そう思ったら、なんかこのまま時が止まっちゃえばいいのになって…」
バカだよね、そう言って苦笑いを浮かべる。
泣きそうになったけど、泣いたらダメだって自分に言い聞かせて必死に堪える。
嫌だよ、もっと皆のテニス応援したいよ、もっと皆と遊びたいよ、もっともっと…皆と一緒にいたいよ…!
心の中で叫んだ所で、何にもならない事はわかりきっているのに…。
「なんでぇ、居場所なくなっちゃうのぉ?」
「えっ?」
静かな声でオジイは私に問い掛ける。
その口調が、あまりにも不思議でならないと言った口調だったものだから…ちょっとだけ、驚いた。
オジイの花火も消えてしまい、バケツに入れる。どこに隠し持っていたのか、新しい花火を二本取り出し、私に一本差し出した。
それを受け取って火をつける。
鮮やかな光が、暗くなったこの場所を照らした。
「なくなったりしない、引退しても、卒業しても…ずぅっと、誰でも、ちゃんとここに居場所はある」
「………………」
「寂しくならないでぇ、いつでもここに来たらいい」
「……ほんとに? いいの?」
私の問いかけに、オジイは静かにピースサインを送る。
ほんのちょっとだけ微笑んでいるように見えた。
それはつまり、いいんだよ、って言ってくれてるような…そんな気がした。
「……っ、」
ポタリ、涙が頬を伝った。
オジイは、すごい。
私の悩みなんて、まるでちり紙みたいに簡単にヒョイ、とつまみ上げて取り払ってしまうのだから。
簡単な言葉で、なのに意味ははっきり明確なのだ。
何度も何度も、オジイは私の悩みを…どんな小さな悩みだって摘み取って、ポイッと放り投げちゃう。
いいや、オジイだけじゃない。
ここにいる皆が、そうだった。
皆が、私を支えてくれたのだ。
剣太郎が、僕が元気にしてあげられなかったら、僕は一生彼女できない!
って自分にプレッシャーをかけてまで私を励ましてくれた事が嬉しかった。
サエさんが、わからない問題があったら、わかるまでちゃんと教えてあげるよ。
って丁寧に勉強を教えてくれた事が嬉しかった。
バネさんが、一人で頑張りすぎるなよ?
って荷物を一緒に運んでくれた事が嬉しかった。
ダビデが、俺のダジャレで笑ってくれたら、喜んでくれたら、俺も嬉しい。
って毎日ダジャレを言って笑わせてくれた事が嬉しかった。
樹っちゃんが、作り方知りたかったら、いつでも教えてあげるのね。
って一緒に料理を作ってくれた事が嬉しかった。
亮くんが、女の子一人で帰るのって危ないと思うんだよね。
って一緒に帰ってくれて、家まで送ってくれた事が嬉しかった。
聡くんが、もっと冒険してみたらいいんじゃねーの?
って進路に悩んでた私の背中を押してくれた事が嬉しかった。
(……そうだよ、私は…)
気付けば、私はいつだって皆に助けられて、励ましてもらって、楽しませてもらったんだ。
喧嘩したり、ぶつかりあったり、馬鹿とか言ったりした事もあった。
でも、皆が嫌いなんて思った事なんてなかった。
この部を、辞めてしまいたいなんて思った事なんて、一度もなかった。
(ここにいる皆が、大好きなんだよ…)
ここにいる皆が大好きで、皆とここにいる空間が大好きで、だからこそ離ればなれになっちゃうのが嫌で、だからこそずっと一緒にいたくて…。
引退してしまって、卒業してしまって、ここに居場所がなくなっちゃったら…私のこんな気持ちもなくなってしまうのかもしれないと。
それが、怖かったんだ、嫌だったんだ。
でも、そうじゃないんだ。
引退してしまっても、卒業してしまっても、居場所はちゃんとあるんだ。
寂しくなる必要なんてないんだ。
オジイもいる、剣太郎やダビデもいる。
きっとバネさん達だって皆に会いに来る。
私も、会いに来ていいんだ。
居場所は、ちゃんと残していてくれるんだ。
引退してしまっても、卒業してしまっても、まだ皆と一緒にいられる。
それに気付けた事が、教えてもらえた事が、何より嬉しい。
「ありがとう、オジイ!」
涙を拭ってオジイに笑いかける。
なのに、オジイはいつの間にかその場に正座して眠りこけていた。
ってオジイ! 私今すごく感動的だったのにいい!
ってオジイを揺すってみたが無駄だった。
今の感動を返してくれ! なんて思ったけど、オジイらしいのかなと思ったらまぁいいかって思えた。
私って単純だな…。
「おーい! 線香花火!」
「誰が最後まで落ちないか勝負だよ!」
皆が私を呼ぶ。
笑いながら、手を振る。
嗚呼、なんて幸せな事なんだろうと思った。
今行くよー! と皆の元に掛けていく。
「居場所はちゃんとあるよ、ずっとずぅっと、ちゃんとあるよ」
オジイの声が聞こえた気がした、ちょっとだけ振り返ってみたけど、やっぱりオジイは眠っているままだった。
そうだね、ちゃんとあるよね。
私は小さな声で答えた。
今、この瞬間は永遠ではないかもしれない。
でも、この瞬間を一緒に共有できる皆との絆は、永遠なのだと信じたい。
この居場所は、皆がいればずっと、ここにあるんだと、そう思った。
(引退しても、卒業しても、またこうして…皆で遊ぼうね?)