03

瞬間、ガチリと金属の壊れる音が聞こえたかと思えば、勢いよく床に身体を叩きつけられた。
彼女が僕を踏みつけ、無感情な瞳が僕を見下ろしている。
一瞬何が起こったのかわからずにいたが、どうやら彼女が拘束していた手錠を引きちぎったようだ。彼女の両手には、鎖の切れた手錠がついている。
そしてそのまま僕を蹴り倒したのだろう。人間では考えられない力と速さで。
それらの行動は、女性以前に人間には到底無理な事だ。それが可能なのは、彼女がそういった類いのNEXT能力者であるか、もしくは……人間ではない存在か、である。


「ぐ、ぅ……」

「貴方のバディの言う通りですよ、私は人間ではない。殺戮の為にだけ作られた、機械兵器です」


すごい力で身体を踏みつけられた。身体の所々が悲鳴をあげる。
虎徹さんがこちらに駆け付け、彼女に殴りかかる。しかし、おそらく彼女を捕まえる際に能力を発動してしまったのだろう、彼は通常の状態のままだ。
能力の使えない状態で機械兵器に挑むなど無謀にも程がある。虎徹さんの拳は彼女に当たることはなく、そのまま真っ直ぐ彼女の顔の横を通過していく。
彼女の足が僕から退いたと思うと、次の瞬間には虎徹さんを蹴り飛ばしていた。
虎徹さんはそのまま壁に激突する、ガンッ、と堅く鈍い音が響く。


「ぐぁっ!」

「虎徹さんっ!」

「無駄ですよワイルドタイガー、貴方の戦闘データは既に解析済みです。勿論、貴方のデータもです。バーナビー」


冷たい声で彼女が言い放つ。
彼女の右目が紅く光る。ウロボロスのマークが怪しく輝き、僕を見据えてくる。
硝子玉のような瞳だとは思っていたが、本当に硝子玉でできているのだろうと考えていた。
こんな状況でそんな思考が働いてしまう自分が、なんだか滑稽に見えてしまう。


数年前にマーベリックさんに紹介され、僕の世話をしてくれた彼女。
一緒に買い物に行って、僕の欲しがる本を買ってくれた彼女。
おやつの時間には必ずスコーンを焼いてくれた彼女。
眠れない僕の為に沢山の本を読み聞かせてくれた彼女。
そんな彼女が、僕の両親を殺した組織に作られた機械、僕を監視し……僕の眠っている間に沢山の命を奪っていたなんて……。
信じたくはなかった。でもそう思うほど、子供の頃に彼女を不思議に思っていた事柄全てが、彼女が機械であると僕を納得させてくるのだ。
無感情な瞳も、無表情な顔も、精巧なマークを描けるのも……。
彼女が、人間ではないから。血の通わない、機械だから。
それから彼女は少しの間黙っていたが、すぐに口を開いた。
相変わらず、何の感情も読み取ることのできない声音だった。


「言ったでしょう、バーナビー。……世界は、貴方が思っている以上に残酷なものです。」

「っ!」

「手掛かりを掴めば掴む程、真実を知れば知る程、貴方には絶望しか待っていないのです。と……」


数年前、彼女が口にした言葉だった。
あの時彼女は、今のこの状況を予想していたのだろうか……。
両親の仇を打つために、ウロボロスの手掛かりを探して、やっと犯人を倒して……それなのに、ウロボロスの残党を見付けたと思えば再会した彼女がそこにいて……彼女は、僕から両親を奪ったウロボロスの人間で……。
絶望、確かにその言葉は今の僕に相応しいだろう。
ゆっくりと身体を起こす。身体が痛みを訴えてくるが、構わず立ち上がった。


「……っ、どうして、僕を監視する必要があったんですか……?」

「それがマスターの命令だったからです。私はただマスターの命令に従うだけ、マスターの考えは私にはわかりません」

「そのマスターというのはジェイクですかっ!?」

「いいえ。私に内蔵されているデータには『ジェイク・マルチネス』という名しか存在していません」

「だったら誰だと言うんです!? 貴女のマスターは、誰なんですかっ……!?」


勢いに任せてそう叫んでいた。
ウロボロスが何故僕を監視する必要があったのか。
僕を監視をしろと彼女に命じた、彼女がマスターと呼ぶ存在は誰なのか、疑問だけが口から言葉となっていく。
怒鳴り散らさなければどうにかなりそうだった。心の中で気持ちが混乱しておかしくなりそうだった。


「知りたいのであれば、私を倒す事です」

「なにを……」

「私を倒し、私の頭に埋め込まれたデータチップを解析すれば、私のマスターを知ることは可能でしょう」

「そんなことっ! ……貴女を倒すなんて、僕には、っ」

「……できないのなら、貴方はここで死ぬだけです。貴方のバディやメカニックと共に」


そう言った瞬間彼女の姿が消えたかと思えば、彼女は虎徹さんの目の前に瞬時に移動していた。
恐らく加速装置の類いであろう。肉眼で捉える事ができなかった。
彼女は虎徹さんへと手を伸ばし、片手で虎徹さんの首を絞めあげる。
先程の力から察するに、片手だけでもかなりの握力であろう。虎徹さんの表情が苦痛に歪む。
一方の彼女は、まるで呼吸でもするかのように普通の様子だった。人の命を奪う事と思っていない、それが当たり前だとでも言うように……。


「うっ、ぐ、ぁ……!」

「まずは貴方から始末します、ワイルドタイガー。お次にメカニック、そして最後はバーナビー、貴方です。……もう一度、大切な人を失いますか?」

「っ! ……めろ、」

「このまま首を絞め続け、ワイルドタイガーが呼吸困難により心肺停止し、死亡するまでの時間は約」

「やめろぉおおおっ!」


叫んだ時には無我夢中で能力を発動させていた。
無我夢中で走りだし、彼女に身体でぶつかっていた。
もう、彼女に問い掛ける事は頭になかった。
また目の前で誰かを失いたくなかった。大切な人を失うなんて、耐えられなかった。
全身で彼女にぶつかり、その衝撃で彼女は虎徹さんから手を離す。
すかさず酸素を身体に取り入れようと、虎徹さんは咳き込みながら荒い呼吸を繰り返した。


「げほっ、ごほっ! ……助かったぜバニー」

「虎徹さん、下がっててください。……彼女は、僕が」

「バニー……」


虎徹さんが不安げな声で僕を呼んだ。
大丈夫ですよ、なんて答えられなかった。
でも、今ここで躊躇うわけにはいかない。もう二度と、目の前で誰もを失いたくないから。
彼女は敵なのだ、戦わなくてはならない相手なのだ。
拳を強く握り締めた。自分自身に言い聞かせるように、言葉を紡いだ。




「僕が、倒します」



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