02

虎徹さんから緊急の連絡が入ったのは、夜の9時を過ぎた頃だった。
一人きりの部屋に響いたコール音。ゆっくりと携帯電話を耳にあて、もしもし? と問い掛ける。
電話越しの虎徹さんの慌てた声に、ドクリと心臓が跳ねた。


ウロボロスの刺青をした犯罪者を捕まえた。虎徹さんはそう言ったのだ。


短い会話の後早急に電話を切り、ジャケットを羽織りながら家を出る。
やや早足になりながら、綺麗に掃除された廊下を歩いていく。
ブーツの靴音が廊下内に響き渡った。
ウロボロス、長年追い掛けてきた両親の仇。
正直、怒りなどよりも驚きの方が強かった。まさかこんなに早く、ウロボロスの組織の人間が捕まるなんて……。
数ヵ月前の戦いで主犯のジェイクが死亡した事により、僕の復讐はすでに終わっていたつもりだった。
ウロボロスという組織を壊滅させたような気持ちにさえなっていたのだ。
ギリッ、奥歯を噛み締め、拳を強く握る。
逸る気持ちを押さえながら車を走らせ、虎徹さんの待つアポロンメディアへと急いだ。




−−−−−−−−−−




アポロンメディアの入り口には虎徹さんが待っていて、僕を見つけると片手を挙げてよっ、と声を掛けてきた。
お待たせしました。虎徹さんの元へ歩み寄ると、こっちだと虎徹さんが歩き出す。


「犯人は?」

「あぁ、スーツ開発部にいる」

「え、何故そんな所に……?」

「まぁ詳しい話は斎藤さんから聞いてくれ、俺にゃちんぷんかんぷんだ」


はぁ、と盛大なため息をつく虎徹さん。
ウロボロスの者ともなれば普通の犯罪者とは多少なり違うだろうが、だからといって犯罪者は犯罪者だ。
後は警察に引き渡すだけで十分なハズなのに、何故わざわざスーツ開発部に犯人を連れていく必要があるのだろうか。
疑問を抱きながらもスーツ開発部に足を運んでいく。
社内の電気はほとんど消えており、薄暗い廊下に二人の足音が響き渡っているだけだった。
やがて明かりのついた部屋に辿り着く、スーツ開発部だ。
僕と虎徹さんの存在を感知し、自動ドアがゆっくりと開く。
中にはコンピュータの前に腰をおろす斎藤さんと、スーツの整備をチェックするガラス越しの室内にもう一人……犯人であろう人物が両手を後ろに拘束されて座っていた。


「っ!」


犯人の顔を見て、僕は言葉を失う。
首から足までの身体のラインにフィットしている真っ黒なライダースーツ、足元は真っ黒なブーツを履いていた。
それらと同化している真っ黒な短髪、病的な迄に白い肌が酷く対照的に見えた。
なんの感情すら読みとれない、真っ黒な瞳が僕を見つめている。
驚いたなんてものではなかった。
数年前まで共に暮らしていた、言葉を交わし、そして別れた……。


彼女が、そこにいたのだ。


虎徹さんを押し退け、斎藤さんの座るコンピュータの前まで勢いよく走り出す。
ガラス越しの彼女は、ずっと黙って僕を見つめている。視線が交わった。
おい、バニー? 虎徹さんの呼ぶ声が耳に入りながら、それには答えず小さく呟いた。


「ど、して…どうして貴女が…」


何故彼女がそこにいる? そこで拘束されている?
そこにいるのは虎徹さんが捕まえたウロボロスの犯罪者ではないのか?
頭の中で疑問が繰り返される。状況が理解できずに……違う、状況が理解できたからこそ困惑しているのだ。
彼女が拘束され、ここにいるという事、それはつまり……。


「私がウロボロスの者だからですよ、バーナビー」


抑揚のない声が静かに返答してきた。
淡々と告げられた言葉は、僕の耳から頭の中で響き渡る。彼女がウロボロス? そんな事があるわけ……。


「戦闘中に見えたんだが、うなじにウロボロスの刺青があった」

「嘘だ!」

「嘘ではありませんよ。確認したいのであればご自由に」


そう言って、彼女は静かに首を前に倒す。
彼女や虎徹さんが嘘を吐いているとは思わない。ただ、それでも信じたくなかった。
ゆっくり、ガラス越しの室内へと歩を進める。
彼女に近付き、恐る恐る彼女のうなじに目を向けた。そこに何も描かれていない事を願いながら。
だが、彼女のうなじには……僕が幼い頃にずっと描き続けたウロボロスのマークが、しっかりと刻まれていた。
彼女の刺青は幻覚だと思いたかった、これは夢なのだと思いたかった。
だけど何度彼女のうなじに目を向けても、忌まわしきマークは刺青としてそこに刻まれている。


「そん、な……」

「わかりましたか? これが何よりの証拠です」


彼女の言葉が冷たく突き刺さる。
彼女の言う通りだ。彼女のうなじに刻まれた刺青が何よりの証拠。
彼女がウロボロスであるという、動かぬ証拠だ。


「……ずっと、僕を騙していたんですか?」

「貴方を監視する。それが私に与えられた任務でしたので……貴方を監視しながら、他のターゲットも始末していましたが」

「っ! 貴女がそんな事するハズがない……!」

「事実です。貴方が知らないのも無理はないでしょう、貴方を寝かし付けた後に任務を遂行していましたから」

「……どうして、貴女がウロボロスなんかにっ!」

「それは私が、バーナビー・ブルックスJr.を監視する為、そして組織にとって邪魔な存在を排除する為に作られた存在だからです」

「……作られた、存在……?」


おうむ返しに彼女に問い掛けた。
彼女はゆっくりと首を横に動かし、片目だけで僕を見上げる。漆黒の瞳が僕を見つめている。
あまりに突然の出来事に思考が回っていなかったが、冷静になりながらふと新たな疑問が浮かび上がった。


彼女があまりにも数年前と変わっていない、ということだ。


言葉の通り、見た目が数年前と全く同じなのである。
あの頃からそれなりの年月が経っている。ならば彼女も、歳をとって多少なり見た目に変化があってもおかしくないハズだ。
なのに彼女はあの頃と全く変わらない、あの頃と同じ無表情な顔で、無感情な瞳で、僕を見つめている。
すると、彼女の瞳が赤い光を宿した。そしてそこに浮かび上がる黒い紋章。
それはウロボロスのマーク、彼女のうなじに刻まれていたものと、同じものがそこにあった。
向こうの部屋からマイク越しに斎藤さんの声が響く。気を付けろバーナビー! と。
次の彼女の言葉を聞き、続けてマイク越しの虎徹さんの言葉を聞いて……僕の中で何かが音もなく崩れていく感覚に襲われた。


「愚かなバーナビー。私を人間だと思っていたのですか?」

「そいつから離れろバニー! そいつは人間じゃない! 人間そっくりのロボットだっ!」



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