01

彼女はいつでも黒い服を身に付けていた。
黒いタートルネック、黒いジーンズがお決まりの格好だった。
たまに着ているスーツやシャツもやっぱり黒で、おまけにネクタイも真っ黒。
髪型は女性にしてはとても短い黒髪で、瞳も真っ黒。本当に黒一色な人だった。
どうしていつも黒い服ばかり着るの? と尋ねると、彼女は表情一つ変えずにこう答えるのだ。


闇に同化する為です。と。


彼女はどうも、闇が好きらしかった。
日の光があたる場所には極力行かないで、日陰や暗い道を歩いていた。
僕と一緒に歩く時でさえ、僕と手を繋ぎながら彼女は日陰を歩いた。
日向の道を歩く僕と、まるで正反対の道を歩いていた。
日に焼けていない病的な迄に白い肌が、真っ黒な服とは対照的でとても印象付けられた。


彼女はいつでも真っ直ぐに僕を見つめてきた。
光さえも遮るような漆黒の瞳。けれどまるで硝子玉のように透き通った綺麗な瞳。
初めて彼女に会った時、まるで人形のような人だと思った。
両親が殺され、天涯孤独の身となった僕はマーベリックさんの元へ引き取られる事になった。
忙しい身のマーベリックさんに代わって、僕の世話をしてくれると、マーベリックさんから紹介されたのが彼女だった。
その頃から彼女はやはり無表情で、ただ黙って僕を見つめていた事をよく覚えている。
彼女からは、何の感情も読み取れなかった。
問い掛けても抑揚のない声だけが返ってくる、無感情な表情と瞳で。
彼女の紡ぐ答えはいつもよくわからなかった。単純なハズなのに、その言葉の意味を捉える事ができないのだ。
僕には、彼女が不思議な人に思えてならなかった。彼女が明らかに普通の人とは違っていたからだ。


両親を殺した犯人に繋がる唯一の手掛かりである謎のマークを、僕はいつでもスケッチブックに描いていた。
毎日、毎日、……そのマークを決して忘れないように。必ず、両親の仇を討つ為に。
寝る間も惜しんで絵を描いていると、彼女は抑揚のない声でこう言う。


「バーナビー、そろそろ眠った方がよろしいかと思います」


彼女の声からは感情が全く伝わらなくて……僕を心配して言ってくれているのか、それとも早く眠れと怒っているのか、僕にはわからなかった。
ただ無理矢理僕をベッドに運ぶような事はしなかったので、少なくとも後者ではないのだろうと理解した。


「もう少し待って」

「いつも同じ絵を描いていますね、今日はそれで五枚目です」

「もっと描かなきゃ駄目なんだ……これだけが、手掛かりなんだから」

「……そうですか。では」


ゆっくりと僕の隣に座り、彼女は赤いクレヨンを手に取った。
僕の描くマークの隣に、すらすらと同じマークを描いていく。正確に計算したように、そのマークは歪みのない綺麗な線だった。
まるで僕の描いたマークをそっくりそのままコピーでもしたかのように、否……僕の描くマークなんかよりもずっときっちりとしたものだった。
彼女がそのマークを描いた事など、一度も見たことがない。僕の知る限り、彼女は今初めてそれを描いたハズなのに……見ただけで、こんなにしっかりと描けるものなのだろうか? そんな疑問が僕の中に浮かぶ。


「残りは私が描きましょう」

「………………」

「バーナビー、貴方は眠りなさい」

「……うん、」


彼女の言うことを聞き入れ、僕は寝室へと向かった。
バーナビー、と彼女が僕の名を呼ぶ。振り返ると、彼女は真っ直ぐ僕を見つめていた。
漆黒の瞳は曇りなく僕を見据え、そして言葉を紡いだ。


「世界は、貴方が思っている以上に残酷なものです」


彼女の言葉の意味が、やはり僕には理解できなかった。
どういう意味? そう問い掛けても、彼女は答えなかった。
視線をスケッチブックに戻し、マークを描く。描きながら、一人言のように彼女は呟いた。


「手掛かりを掴めば掴む程、真実を知れば知る程、貴方には絶望しか待っていないのです」


僕はその意味を問い掛けようとして、それを躊躇った。
それを問い掛けると、何故だか今のままでいられないんじゃないかと思ってしまったから。
おやすみなさい、小さな声でそう言うと、おやすみなさい、バーナビー。静かな声で彼女は答えた。




彼女の言葉の意味を、身をもって知ることになるなんて……この時の僕は知る由もなかった。



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