日進月歩 | ナノ
絶望(1/5)

「昨日は用事で迎えに行ってやれなくてすまなかった」


リビングにて高級そうなソファに足を組んで座るのは知る人ぞ知る、榊太郎氏。
インターホンに映っていたのも、この家の持ち主も、そして
2人の母が口にしていた「たろう」とやらも、どうやらこの榊のことのようだ。

嫌な予感が見事に的中してしまった2人はガラステーブルを挟んで
榊の向かい側のソファに並んで座り、ひたすら冷や汗を流していた。

……これは所謂トリップ、という現象なのだろうか。
確かに2人共「テニスの王子様」が大好きで夢小説を読み漁っている中
そういう現象の物もよく読んでいたから知識にはある、のだが
こちらに来ても電話、とは言えちゃんと親と会話ができているのだ。


「い、いえ…榊さんはやっぱり薔薇薔薇しいんですね!」

「(ぶふっ!!ば、薔薇薔薇しいって絢…!!)」

「ん?あぁ、良い香りだろう?海外から取り寄せた物だ」

「…そうなんですか(いるよね、香水つけすぎに気付かない人)」

「ふ、フローラルですね…(鼻もげそうだぜぃ)」


決して声には出さないが、2人は顔を見合わせると
お互いの考えていることが理解できたらしく何度も頷き合う。


「夕食はちゃんと食べたか?家のシェフが来たはずだが」

「え!?あ、あー…(昨日の夕食、普通にカレーだったけど!?)」

「いっぱい食べたよ!えっとず…ズッキーニが美味しかった!!」

「(ぇえー!?そこでまさかのズッキーニ単品チョイスゥ!?)」

「フッ…そうか。シェフに伝えておく」


今の感想の何処に気に入る所があったのか、満足気に微笑む榊。


「(ふぅ…何とか誤魔化せたぞ!)」

「(太郎ってもしかしなくてもアホなんじゃね?)」


至極機嫌良さそうにネクタイを緩めている榊を見つめながら
柚季はほっと胸を撫で下ろし、絢は失礼なことを内心呟いた。


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