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※パロディです
「はい、オッケーでーす!」
その一声に緊張感に包まれていたスタジオは一気に賑やかさを取り戻す。
カメラを片付ける者、補助照明のスイッチを切る者、小物を動かす者etc.
忙しなく動き回る彼らの中心にいるのは黒猫を抱き抱え椅子に座ったままの名無し。
そんな彼女にスタッフの1人がタオルを渡しながら話しかけてきた。
「お疲れさま。今日はもう終わりかしら?」
『はい。これが終わったら帰ってきていいよって』
「あらそうなの?監督ー!名無しちゃん上がってもらって良いですかー?」
機材をチェックしている監督に叫べば帰ってきたのは承諾の言葉。
「帰って良いって」
『わぁ…!ありがとうございました!あ、後タオルも』
「いーのよ、また会えるのを期待してるわ。お疲れさま」
『お疲れさまでした!』
笑みを向けたスタッフにタオルを返しながら名無しも笑顔を見せる。
そして黒猫を抱いたままスタッフ達に挨拶に回り、最後に入り口前でペコリと一礼してスタジオから出て行った。
「ほんと、何モンだろうな彼女」
誰かの呟きに周りはそうだと同意を示す。
英国有数の運送会社「セ川急便」のCMイメージキャラクターを務める彼女。
どこの芸能事務所にも所属しておらず、セ川急便のCMにしか出演はない。それゆえ彼女に関する問い合わせが多いが、セ川急便は全てを非公開としている。
撮影現場にいる彼らですら、彼女が何処から来て、普段何処にいるかは全く知らないのだ。
かつてゴシップ雑誌の記者が名無しの素性を暴露しようと勇敢にも挑んだらしいが、その後を知るものはいない。
さらに一応マネージャーがいるらしいが誰も顔を見たことはないと言う。
そんな秘密が多い彼女だが本人は至って普通である。彼女は「自分の事を話してはいけない」と言う約束を忠実に守っているだけだから。
『お迎え来ないねー』
(にゃぁ)
控え室で着替えをすませ、キャリーバックを抱えた名無しの呟きを律儀に黒猫が拾い上げる。
(あたしお腹空いたわ)
『ねー。私もお腹空いたー』
端から聞けば猫の鳴き声も彼女の耳には理解できる言葉で届く。
人はそれを気味悪がるから名無しが控え室に人を入れない理由でもある。
しばらく黒猫と会話を楽しんでいると静かに控え室の扉が4回叩かれる。
その音に名無しは顔を上げるとあわててキャリーバッグと自分のポシェットを掴んで席を立った。
「遅くなり申し訳ありません」
開けた扉の先、セ川急便の制服に身を包み恭しく礼をする姿に名無しは嬉しそうに頬を緩めた。
『ううん、大丈夫。そんなに待ってないよ』
へにゃりと笑う名無しにセバスチャンも口許を緩め、手を差し出せば迷うことなくその手は握り返された。
「さあ帰りましょう?今日は坊ちゃんもお待ちですよ」
『わぁ本当!』
出口へと続く道を歩けば周りから声をかけられる。
「あら今日のお迎えは黒いお兄さんね」とか「次の撮影で会おうな」とか。
かけられる言葉ひとつひとつに名無しは笑顔で返しながらセバスチャンと歩いていく。
「暫くお迎えに上がらない間に随分とお知り合いが増えましたね」
『うん、撮影の度にね新しい人が増えるの』
「左様ですか。ですが坊ちゃんとの約束は…」
『大丈夫、ちゃんと守ってるよ』
「そうですか」
地下の駐車場に停められた一台のトラック。
助手席が名無し1人では高くて乗れないため、いつものようにセバスチャンが抱き上げる。
『あ、あのねセバスチャンさん』
「なんでしょう?」
聞き返したセバスチャンに名無しは笑い、その小さな手を伸ばしセバスチャンに抱きつくとそっと呟いた。
『あのね。久しぶりにお迎えに来てくれてすごく嬉しいの』
嬉しさと言ってしまった恥ずかしさに名無しは照れ隠しにセバスチャンにしがみついたまま。
しかし彼はそんな名無しを引きはがして助手席に座らせ、シートベルトをセットした。
「全く貴女は…。出発前にそんな私を喜ばせるようなことを言って…ハンドル捌きをミスして事故でも起こしたらどうするんですか」
呆れながら、しかし満更でもない様子でキャリーバックを渡してきたセバスチャン。
そのキャリーバックを受け取った名無しは撮影中何度も口にした言葉を告げた。
『"届ける、命をかけて―"だから事故を起こしても絶対私を送り届けてくれるでしょ?』
もちろん事故がないのが一番だけど、と付け加えた名無しにセバスチャンは苦笑いをしながら運転席に乗り込んだ。
「そう言われてしまえば返す言葉がありませんね」
『じゃぁ安全運転でお願いします!』
「かしこまりました」
自身もシートベルトをつけ、キーを入れてエンジンを動かす。
そして2人と1匹を乗せたトラックは緩やかに発信して駐車場を後にした。
お届けします、何処までも END
(次ページにこっそり設定的な)
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