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それは暖かいある冬の日の事。
「・・・おや。珍しいですね」
わずかばかり驚きに目を見開いたセバスチャンの視線の先には名無しの姿。
それだけなら珍しさも何も無いが、今の季節は冬。そして時刻はまだ午前10時を少し回った程度。
普段の名無しならこの時間はまだ眠りの世界にいるはずだった。
『あ、その・・・今日は暖かかったから・・・』
「あぁ、なるほど」
自分で単純だと判っているのか、服の袖口を弄りながら名無しが答える。
その言葉にセバスチャンは納得が行った。
「確かに。今日は随分と暖かい」
『うん、だから・・・結構すんなり目が覚めたの』
それに眠くないんだよ、と名無しは付け加える。
寒くなると時間と場所を問わずにウトウトし始める彼女にとって、今の状態は自分にとっても珍しく嬉しいのだろう心なしか浮かべる表情に笑顔が見え隠れしていた。
そしてそのまま名無しは本を読むからと書庫に駆け出して行ってしまった。
「・・・いつもあぁだと良いのですがね」
溜息混じりにセバスチャンが呟く。
彼の脳裏にはつい先日の出来事が過ぎっていた。
*************
「名無し?お体の加減が宜しくないのですか?」
ある寒い日の朝、いつも自分から起きてくるはずの名無しが中々目を覚まさない。
ここ数日冷え込んだから熱でも出したんじゃないか?ちょっと見て来い。と言うシエルの命令で名無しの部屋を訪ねたセバスチャン。
ベッドの上にはこんもりと盛り上がった毛布。
髪の毛1本すら見えない辺り、名無しはこの中にすっぽりと包まっているらしい。
熟睡しているだけなら問題ないが、そうでないなら一大事。
その為セバスチャンは多少の罪悪感を抱きながらも、名無しを起こすことに取り掛かった。
「・・・名無し、名無し・・・」
揺さぶれど毛布の下から反応は無い。
何らかのリアクションを示してくれたら、そこから何とかなるかもしれないというのに全くの無音。
「困りましたねぇ」
一度毛布から手を離し、考える。
揺さぶってダメなら、多少手荒でも毛布から引きずり出すしか無いだろう。
ならばと決断を下し、セバスチャンは毛布を掴みそれを勢いよく引っ張りあげた。
「名無し。おはようご・・・」
言葉は最後まで続かない。代わりに続いたのは鈍い衝撃音とバサリと毛布の落ちる音。
「・・・っ、随分、手荒な歓迎ですね・・・」
少し前にも同じ様な言葉を言った気がするが、今回は(主に物理的な)ダメージの比が違う。
セバスチャンの予想では、毛布を剥ぎ取られてベッドの上で丸まっている名無しがいるはずだった。
ところが現実は毛布を剥ぎ取ったと同時に下から蹴りが繰り出された、しかも寸分の狂いもなく顎を狙って。
生憎ガードし損ねたセバスチャンはその蹴りを食らってしまい、若干よろめいてしまった。
「名無し、貴女・・・今の攻撃、人間相手なら顎と首の骨を折って死んでいるかもしれませんよ?・・・名無し?」
痛みを感じる顎を擦りながら、ベッドの上で突っ立っている名無しを嗜める。
しかしどこか様子がおかしい事にセバスチャンが気が付くと同時に、目の前から名無しの姿が消えた。
「・・・?!」
瞬き一つ、その間に目の前に移動していた名無し。
自分を薙ぎ倒すつもりなのか、脇腹を狙う攻撃を今度はガードして防ぐ。
普段から温厚な名無しが理由もなく、セバスチャンに攻撃をするわけが無い。
・・・ならば誰かが名無しをあの名前で呼んだのか。
そんな考えが頭を過ぎるが、屋敷へ何者かが侵入すればすぐに気が付くので、その可能性は皆無に等しい。
「名無し!どうしたんですか、貴女は!」
思わず声も荒げてしまうというもの。
理由が判明されない間にも確実に急所を狙って名無しの攻撃は続く。
彼女のスタミナが切れるのを待てばいいのだろうが、ここは彼女の自室。
部屋を破壊すれば、ショックを受けるの間違いなく名無し自身。
あまり時間は掛けていられない。
「・・・と言っても、どうすれば良いんでしょうか」
攻撃を受け流して、また受け流して。
時折名無しが怪我をしないよう、ベッドに投げ込むという単調な作業を繰り返しながらセバスチャンは再び考える。
誰がみても判るが今の名無しは正気ではない、その証拠に彼女の黄色の瞳は焦点の定まらない目をしていた。
あの目は名無しが名前を呼ばれてしまった時の目に似ているが、誰も名前を呼んでいないはず。
では何故?
「埒が明きませんね」
溜息混じりに何度目か判らないが攻撃を受け止め、名無しをベッドに投げ込む。
単調な作業とは言え、体を動かすのだから若干汗を掻いてしまう。恐らくそれは名無しも同じだろう。
部屋に置いた時計を見れば、思った以上の時間が過ぎている。コレでは今後の予定に支障が出る。
―次に突っ込んできたときには手荒ですが、気絶させておくべきでしょうか?
そこまで考え、再びベッドの上でゆらりと立ち上がった名無しにセバスチャンも体制を変える。
ところが待っていた攻撃は来なかった。
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