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…たまに、考えてしまう時がある。
「…ねぇ、兄様?」
「ん?どうしたんだい?」
ソファに座る兄様に抱っこされている私はその背を兄様に預けながら、思っていたことを口にした。
「もしもね、もしもの話よ?ここにいる私が実は偽物だったらどうする?」
「それは…どういう意味かな?」
判りかねる、という表情を浮かべながら兄様は私より明るい色の前髪を掻き上げる。
…ほんとは、口にしている私も何が言いたいかよくわからない。
けれど答えを聞きたくて、必死に頭を働かして言葉を選ぶ。
「えっと、姿は一緒だけど中身が違うみたいな。本当の私はどこか隅っこに押しやられて、偽物の私が私を乗っ取っちゃったみたいな、えっと、えーっと…」
上手く言葉にできなくて、唸っているとポンと頭に何か触れる。
見上げれば兄様が私の頭に手を乗せて柔らかい笑みを浮かべていた。
「兄様?」
「何があったか知らないけど、俺の妹は目の前にいる名無しだけだよ。」
その言葉に体の力が抜けていく。
上から兄様の慌てた声が降ってくるけど、右から左に聞き流す。
…だって、不安だったんだよ?
死んだと思ったら、見知らぬ小さな女の子の姿になっていて。
全く記憶のない家族が出来ていて。
この紅い髪の名無しという子の立場を認識した瞬間も驚いたけど。
…それ以上に、私がこの名無しという女の子の居場所を奪っちゃったんじゃないかって怖くなったんだ。
誰にも内緒でもしかしたら本当は名無しという子がいたんじゃないかってひたすら呼びかけたこともあった。…返事はなかったけれど。
でも、兄様や、マサラに行ってレッドやグリーン、オーキドのおじいちゃんにナナミお姉ちゃん、レッドのお母さんと仲良くなっていく自分がいて。
そうしたら今度は別の不安が生まれてきた。
…もし今、本当の名無しが出てきたら?って。
そうすれば私は消えちゃうのかなって。
8歳の誕生日に兄様からもらったミニリュウも私じゃない名無しに懐いちゃうのかなって不安になった。
「…名無し」
兄様が名前を呼ぶ。
顔を上げる前に抱き上げられて、凭れ掛かっていた状態から横座りの状態にさせられた。
「どうしたんだ?泣いてるぞ?」
「…え?」
言われて泣いていることに気が付いた。
それに今まで兄様のカイリューと遊んでいたはずのミニリュウも傍に来て心配そうに眺めていたことも。
「…あのね、怖い夢をみたの。私が、偽物の私に飲み込まれちゃうの。でも偽物に誰も気が付かなくて、偽物の中で私が泣いてるの」
「そうか。それは怖い夢だな…。でもそれなら偽物も認めてしまえばいい」
「どうして偽物もなの?」
「うーん、そうだなぁ…。偽物と本物が全く別って言うなら話は変わってくるけど、名無しの夢は飲み込まれちゃうんだろう?じゃぁ偽物の中にも本物がいるわけだ」
それは優しくて、酷い答えだと思った。
傷つかないように見せかけて、暗に偽物でも本物でもどっちでもいい。
そう告げられている気がしたから。
「ねぇ兄様?」
「ん?」
腕を伸ばせば素直にやってきたミニリュウを抱きしめて、兄様を見上げれば私よりちょっと暗い色の瞳に私が写りこむ。
その瞳に映る私は偽物なのか、本物なのかなんて兄様じゃないから判らない。
でも、これだけは言わせてほしい。
「私が、兄様の妹なのは変わらないのよね」
「…ああ、そうだよ」
一瞬の間が何なのか、それはもう考えないことにした。
本物と偽物 END
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