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(2/3)


「――入れ」

その声に扉が動いたのは数秒経ってからだった。

「…そんな所で何してるんだ。中に入れば良いだろう?」

ちらり。
ほんの少し開けた隙間からこちらを伺う様子にそんな音が合いそうだと頭の隅で考える。

『あ、えっと…あのね…』

たっぷり時間をかけてから部屋に入ってきた名無しはデスクの前に来ると、もじもじと服の裾を弄りながらあちらこちらへと視線を彷徨わせる。
大体そんな時は自分が悪いと自覚している時か何か言いだそうとしている時だが、生憎前者で思い当たる節がないので、後者だと勝手に検討をつけ、名無しが自ら言い出すのを待つ事にする。

『えっと…あー…っと…』

言いかけては言い淀み、言い淀んでは言いかける。
あまり僕が気長ではないとわかっている為か、その挙動と言動はさらに落ち着きを無くしていく。
そしてようやく彼女が口にしたのはストレートな言葉だった。

『あの、ね。私、シエルの迷惑じゃないかな…』

「…は?」


ついうっかり口から漏れた言葉に名無しの顔が泣きそうな位に歪む。
失言だったと慌てて立ち上がり、彼女の傍へと移動する。


「っ、泣くな!ぼ、僕も…言い方が悪かった。すまない」

『う、うん…』

「なんだ、その…僕も、名無しにこの生活が息苦しくないか不安だったんだ」

『…へ?』


ぱちくりと涙で濡れた目を瞬かせながら名無しが僕を見上げる。
真っ直ぐに見上げられて居心地の悪さを覚えるが、ここで切り捨てるのはダメな気がして口を開いた。


「僕が屋敷に住めと言ったから名無しはココに住んでいるだろう?でも実際は生活を制限したり振り回しているからな…。不自由じゃないかと思ったんだ」

『…。あのね、シエル。私は、不自由とか、息苦しいとか思ってないよ。この生活が、好き』

「…」

1つ1つの言葉をかみしめる様に話し続ける名無しにじっと耳を傾ける。
思えば短い付き合いの中、彼女がこんなに一度に話そうとした記憶はせいぜい本の内容を語る時ぐらいで、何か自分の意思を伝えようとしたのは殆どなかったように感じたから。


『むしろね、私が、ここにいるだけの意味とか、価値があるのかなって…。何もしてないのに、ご飯とか、色々貰ってるから…迷惑になってないかなって…不安なの』

「全く…屋敷に住むことに僕は意味や価値を求めた記憶はないぞ。それに、名無しがいる事で迷惑だと思った事はないからな」

『…ほんと?』

「嘘を言ってどうするんだ。…泣くなよ」

『…うん』

洋服の裾を握りしめ、俯いた名無しに黙ってハンカチを差し出せば、素直に受け取ってもらえた。
その後黙って体を震わせる名無しをそっと腕の中に引き寄せた。

「…僕は泣くなって言ったはずだがな」

『泣いて…ないもん…』

「そうか。じゃぁそう言う事にしておこうか」

『…うん』

そういった直後、ずるりと鼻をすすった名無しに思わず苦笑いが浮かぶ。

「いいか。深く考えすぎるな。名無しはファントムハイヴ家に住んでいる。それだけの事だ」

『…うん』

「全く…さっきから“うん”ばっかりだな」

『…うん』

「前もこんな会話をしたな」

『…う、…そうだね』

言い直した名無しの頭を撫でながら、ふと懐かしい会話が頭を過る。


「そう言えば名無しはシエル、君の何なんだ?」

「そうだな…」
 可愛い可愛い血の繋がらない妹みたいな子だよ。……なんて言ってみたいんだけどな
 実際の所、何なのかよく判らないんだ」


あの時の言葉はあながち間違いではなかったのかもしれない。
屋敷に住まわせている住人で唯一可愛がってやりたいと思う存在。
そう思えばもどかしかった気持ちがすっきりしてくる。

『…ねぇシエル』

「なんだ?」

『…ありがとう。あ、あと…これからもよろしくね』

「…あぁ。こちらこそ」

漸く落ち着いた名無しに少し今の返事はぶっきらぼうすぎたかと思ったけれど。
ふにゃりと笑った名無しにつられてほんの少し僕の口元も緩んだような気がした。





キミとボク
 (言わなきゃ伝わらない)




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