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『あ、のね。本にね、書いてあったの…』

名無しは自分の状況を確認して、片膝をついたセバスチャンの腕の中にいる。と言う現実に再び血の気が引く思いを体験したが、今度こそ何とか平静を取り戻し、ポツポツと話し始めた。

『その、何月何日は何の日ですよー。みたいなのが…載ってる本なんだけどね?』

夜着に弄る袖口がないためか、セバスチャンのベストの襟やネクタイを触り、名無しはけしてセバスチャンの顔を見ようとしない。
そのことに関してはセバスチャンは何も言わない、それは名無し自身が分が悪いと判っている証拠だから。

『…その、ね?』

ちらり、と一瞬だけ名無しが顔を上げる。
少し伸びた前髪の奥から、黄色の瞳が戸惑いの色を見せた。

『…怒らない?』
「ええ」
『…、…笑わない?』
「ええ」
『…て、…あったの…』
「はい?」

か細く、セバスチャンですら聞き取れなかった小さな声。
思わず聞き返せば、恥ずかしさからか名無しは顔を真っ赤にして、もう一度同じ言葉を口にした。

『っ…。6月6日は、悪魔の日って書いてあったの…!』
「…」

沈黙がその場を支配する。
名無しは言ってしまった恥ずかしさから俯き、セバスチャンの燕尾服を握りしめる。

「だから私の後をついて回っていたんですか?」
『…うん…。何か、起きるのかな…って…』

名無しが本と言った時点で、なんとなく予想が付いたが余りにも予想通り過ぎる理由に呆れにも似た表情を浮かべるセバスチャン。
そして同時に浮かぶのは僅かばかりの嗜虐心。
徐に腕を伸ばし、再び名無しを引きこめば『ひにゃぁ?!』と妙な悲鳴が上がった。

「本当、人間は俗説が好きですねぇ…」
『え、ぇ?』
「そんなに何か私に起きてほしかったのですか?」
『え、あ…』
「まだ日が変わるまで数分ありますし、名無しが望むならお見せしましょうか?」
『ぁ、の、その…』

名無しが身動き出来ないほど、強く抱きしめて耳元で囁く。
そう言う事に馴れていない名無しは暗闇でも判るほど、耳まで真っ赤にして小さく震える。
それがまたセバスチャンの嗜虐心を刺激するが、名無しが泣きそうなのでこの程度で止めるべきだろう。

「と言ったものの、私自身、人にお見せできる姿ではありませんからね。良いですか、名無し。Curiosity killed the cat.ですよ?」
『うぅ…』
「さぁ、お部屋に戻りましょう。余り遅くまで起きていると、体に障りますよ」

そう告げながら立ち上がり、名無しに手を差し出すが小さな手は夜着を掴んだまま離れない。
かわりに鼻を1回啜って名無しが掴んだのはセバスチャンの上着、まさに燕尾の部分だった。

『……』
「……」

本人としては精一杯の反抗と防御のつもりなのだろう。
部屋には戻る、でも手を引かれて帰りたくないし、泣くかどうかの瀬戸際の顔を見られたくない。
そんな意思表示が手に取るように伝わって来て、セバスチャンは困ったような笑みを浮かべてから行き場を失った手で燭台を掴んだ。
そのまま会話もなく名無しの部屋の前まで来ると、名無しは逃げるようにして扉の奥へと消えて行った。

「…お休みなさいませ」

立ち入る隙間を与えない程、素早く閉められた扉の前で一礼して夜の見回りを兼ねてセバスチャンは歩き出す。
しかし数歩歩いたところでゆっくりと扉の開く音がして、思わず立ち止まる。
見ればまだ顔の赤みの残る名無しが僅かに顔を覗かせているところだった。

「どうかしましたか?」
『…あのね、私、猫じゃないよ。あ、あと…おやすみなさい!』

返事を待たずに再び閉められた扉。
しばらく唖然とその扉を眺めていたセバスチャンだが、その口元がゆるりと弧を描いた。

「…本当、苛めたくなる可愛らしさですねぇ…」

コツン、と足音が廊下に響く。
そこに続く足音はないが、足音に同調するかのようにセバスチャンの影がゆらりと揺れた。






悪魔の日  END

※Curiosity killed the cat.→好奇心は猫をも殺す


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