×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -


(2/3)


『……』
「どうしたんだい?」

空っぽになった骨壺。
まだちょっぴり紅茶が残っているビーカー。
てっきりお茶をすれば下ろしてと言うかと思いきや、葬儀屋の予想に反して名無しは膝の上を陣取ったままだった。
そしてひたすら無言で葬儀屋の手をいじってみたり、自分の指と絡ませたりとよく判らない遊びを続けていた。
最初こそされるがままになっていた葬儀屋も、次第に名無しの意図が分からなくなり声をかけるが首を横に振られてしまう。

「…困ったねぇ」

困った、と言いながらも指先を動かせば名無しの小さな指が押さえ込もうと、くっついてくる。
ん?と思い、今度はこちらから名無しの指をつかまえに行けば、名無しは肩をすくめて葬儀屋の指から逃げるようにすり抜けていく。
それで漸く葬儀屋は名無しの意図を理解した。

「よいせっと…」
『…あ』

くるりと体の向きを90度変えてやれば、すぐに不満げな声が上がった。

「遠慮せずに甘えても良いんだよ?」
『……』
「別に小生は迷惑なんて思わないし、第一名無しなら大歓迎だよ」
『…』

一瞬だけ葬儀屋を見上げたかと思えばすぐに視線を逸らす。
そのまま暫くして、名無しの体は葬儀屋の方へと倒れ込んだ。

「ん。良い子だね」

片手で名無しが落ちないように抱きしめ、片手ではゆっくりと髪の毛を梳いていく。
生憎顔は見えないが、不機嫌な気配がしないあたり問題ないのだろう。
そして次第に葬儀屋にかかる重さが増えていき、やがて小さな寝息が聞こえ始めた。

「甘える相手も居ないし、甘える方法も知らないんだろうねぇ…」

空いた片腕で頬杖をつきながら葬儀屋は一人続ける。

「伯爵は伯爵自身背伸びしてるのと名無しが遠慮してるんだろうし、執事君へはそもそも甘える発想がなさそうだし…、他はよく知らないけど名無しの性格からして甘えるのは・・・なさそうかな」

ほんの少しの間とは言え、面倒を見ていた葬儀屋自身思っていたこと。
それは名無しが手のかからない素直な子、だと言うこと。
悪戯をしなければ、我が侭も言わない、出来る事も出来ない事も自分で全部抱え込もうとするし、何より殆ど甘えて来ない。

「君は貴族なんて堅苦しいものじゃないんだから、もっと子どもらしくても良いんじゃないかい?」

眠る名無しの頬を撫でれば、指先にじんわりと温もりが伝わる。
そういえば拾ったときはもっと冷たかったような・・・と昔に記憶を馳せながら視線を店の隅に向ける。

「死者は死者で美しいけど・・・、今のままの名無しを棺に入れてしまうのは惜しいねぇ」

作りかけの棺。
本来その場に入るべきだった人物は今、己の膝の上に。
その気になれば息の根を止めてやってしまってもいいけれど、それは葬儀屋自身の仕事ではないし、何より気が乗らない。
何故?と理由を求められれば答えに困るが多分、生きている名無しと言うものが気に入っているのだと言うのが無難なのかもしれない。






そこまで頭の中で結論付けたと同時に、何の前触れも無く店の扉が開けられた。
予想を裏切らない人影に葬儀屋はいつものように彼らを出迎える。

「やぁ伯爵。いらっしゃい。お迎えかな?」
「あぁ。・・・、・・・寝てるのか?」
「そりゃぁもう、小生の膝の上でぐっすりと。・・・起こすかい?」
「頼む」

何の迷いもない即答振りに僅かばかり苦笑が零れる。
それをいつもの笑みに紛れ込ませながら、葬儀屋はゆっくりと名無しの肩を叩く。

「名無し。名無し?伯爵が来たよ、お迎えだ」
『・・・ぅ・・ん・・?おむかえ・・?』
「そう。だから早く起きたほうが良いんじゃないかい?」
『ん・・。おきる・・・』

呂律が回らないまま、ぐしぐしと目を擦る名無しを膝の上から下ろしてやる。
一瞬ふら付いたものの、2.3回頭を振れば名無しはパッチリと目を覚ましていた。

「じゃぁね、名無し。ここは託児所じゃないけど、名無しなら何時でも歓迎するよ〜」
『うん、また来るねー』
「・・・それは僕に対しての嫌味か?」
「まさか、そういう意味じゃないよ」
「・・・行くぞ、名無し。それから葬儀屋、世話になったな」

何が癪に障ったのかは知らないが、眉間に皺を刻んだシエルは名無しの腕を取るとそのまま店を出た。
その名無しはと言えば、困惑しつつも葬儀屋に手を振った後引っ張られるようにして店を出て行った。

「・・・さて。クッキーでも焼こうかな」

次第に遠ざかる馬車の音を聞きながら、葬儀屋も空っぽになった骨壷を手に店の奥へと姿を消した。



甘えてもいいよ END
<<>>

目次へ