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酷いのは誰か(元親)

(1/1)



それはちょっと小洒落た居酒屋の個室でのこと。


「・・・なぁ、大丈夫か?」

「ん。らいろーぶ」

「お前絶対大丈夫じゃねぇわ。もう飲むな」


頬は赤く染まり、充血した目は虚ろ。
本人が大丈夫と言い張っても、見ているこっちが不安になる。
個室だから対面で座ればいいのに、横に並ぶ形で座ったこの状況。
溜息をつきながら彼女の手にしていたカクテルのグラスを奪えば、ずしりと寄りかかる重さ。


「・・・あらし、なんらったのかなぁ・・・」

「・・・さぁな」

「・・・すきらったんよー?もー、ぜぇーんぶあげるくらーい」

「あぁ」

「なのに、なのに・・・」


回らない呂律の中に混じり始める震えた声。
酔っ払いの泣き上戸、ではない。
元々、俺と千歳が飲みに来た理由だ。


「そらぁ、あらしは学生さんらから?そんなに会いにいけないよー?」

「遠距離、だもんな?」

「そーそー。れもさ、あんまりすぎるんらよー」

「判ったから、な?少し水でも飲め、飲みすぎだから、な?」

「・・・ん」


奪ったグラスを千歳から離れた場所において、代わりに水の入ったグラスを手渡す。
酒の如く一気飲みする千歳に苦笑するが、今まで聞かされた話を思えば何も言えない。
そして暫く黙り込んでいたが、良いが収まったのか割としっかりした呂律で千歳は再び話し出す。


「・・・。・・・本当ビックリ。会いに行ったら浮気して。挙句に子どもまで出来てましただってー」

「・・・」

「しかも浮気で手を出した理由が『千歳に似てたから』とか、ふざけるなっての。てめぇはあたしの顔だけが好みだったのかっての」

「・・・アンタ、幸せそうだったもんな」

「そうだよ、幸せだったよ。この人なら将来託してもいいって思うぐらい!・・・本当・・・ほんとう、有り得ない。ありえないよぉ・・・」

「・・・そうだな」


再び泣き始めた千歳の頭を撫でてやる。
千歳は周りが振り向くほどの美人と言うわけでも、色気があるわけでもない。
でも気がついたら傍にいて、何かするわけでもなく癒してくれる。
そんな魅力が千歳にはある。
きっと千歳と付き合っていた男もそこに惹かれたのだろう。
千歳より若干年上で、どこぞやの会社員だと聞いたことがある。

そして幸せそうに男の話をする千歳はまさに「恋する女の子」。
遠距離で会える機会も中々無いから、デートの時には1週間前から落ち着きを失くすぐらい会うのは楽しみだったらしい。
バイトで貯めた小遣いで新幹線もホテルも押さえ、精一杯めかしこむ為に洋服も買いに行っていた。
俺は付き合わされる側だったけど、コート1枚ワンピース1枚買うのに千歳は真剣そのものだった。

けれど男は千歳を捨てた。
千歳が毎日男を想っていたと言うのに、「似ていたから」それだけの理由で他の女に現を抜かしていた。

正直いつものように駅まで送ってやって、今回も笑顔で帰ってくると思っていた。
ところが実際に駅まで迎えに行けば、笑顔ではなく泣きはらした顔の千歳。
話を聞こうかと言う前に、飲むのに付き合えと言われ、今に至る。


「・・・ありえなくってさ。・・・最初は、その浮気した相手の女呼び出さして、殴ろうかと思ったの」

「お、おう」

「でもさ。申し訳無さそうに謝るあいつがさ、どっか幸せそうな顔してたの。・・・酷いよね」

「・・・野朗がか?」

「うーうん。あたし。あいつが幸せそうなら良いやって。それに相手の女が本当にあたしに似てるなら、あいつはその人を見るたびに、あたしを思い出すでしょ?それで、ちょっとでも後悔って言うか・・・そういうのに襲われたら良いかって」


空っぽのグラスに注がれていた視線が不意に俺を見つめる。


「でもね。やっぱり悔しいんだ。傍にいてたらこんな事にならなかったかな?って」

「さぁな・・・男ってのは女に弱い生き物だからな」


千歳の欲しがる言葉をあげられず、思わず視線をそらす。
だけど、コレだけは間違いなく言えた。


「・・・でも、俺なら千歳に同じ様な思いはさせねぇけどな」

「・・・嘘だ」

「嘘じゃねぇよ。じゃなきゃ、なんで男がいる女の買い物や送り迎えに付き合うんだよ。何も考えずにやってたら、それはタダの馬鹿男だろ」

「何か、考えてたの?」

「・・・千歳が幸せになるのを見届けるつもりだった」


千歳が俺の前に男を連れて来て「この人と結婚するの」と言う瞬間まで。
その瞬間を迎えたら、潔く千歳に抱く気持ちを捨てようと思った。
ところがそれよりも先に捨てられたのは千歳自身。

傷心の女に言い寄るなんて最高級の反則だと思う。
とは言えコレを逃せば、いつ言えるチャンスが来るのだろうか。

千歳からの返事は無く、沈黙が痛い。
かといって千歳の顔を見る勇気も無くて、目も合わせられない。
でも沈黙を先に破ったのは千歳の方だった。
そして再び感じる千歳の重さ。


「・・・あたし。まだあいつの事完全に諦めたわけじゃないよ」

「さっきの話聞いてりゃ、嫌でも判る」

「・・・しばらくはきっと、あいつと重ねるよ」

「諦めてないんだ。そりゃぁ当然だろうな」

「・・・それでも、良いの?」

「ダメなら言わねぇよ」

「・・・ありがとう。元親はやさしいね」

「じゃぁこんな優しい男無視して、他の男に付いてったりするなよ?」


不意に千歳の体が離れたから、思わず顔をそっちに向ける。
・・・千歳は泣きまくって、化粧の崩れた顔で困ったように笑っていた。


「ぶ、ひっでぇ顔。部屋から出る前に化粧落とせよ」

「な、なんでそう言うこと言うの!普通は『化粧直せ』じゃないの?!」

「別に千歳がスッピンだからって幻滅しねぇからな」


・・・豪快に笑って見せれば、千歳に思いっきりグーで殴られた。









さぁ一番酷いのは誰なのだろうか。

千歳を捨てた男なのか。

男の幸せを望みながら後悔も願う千歳なのか。

・・・それとも傷付いた千歳に付け込んだ俺自身か。












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アニキの名前が1回しか出てこないのは仕様です。

2011.11.30


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