食べ物の恨みは恐ろしいのです
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「さ、さすけぇ〜・・・ぃだっ?!」
『黙れ幸村。貴様の罪は重い。私の許可無く口を開くな』
「・・・え、何。何があったわけ?」
各国の偵察を終わらせ、その報告を・・・。と上司である幸村の部屋を訪れた佐助は目の前の光景に珍しく動揺していた。
何が有ったのか知らないが、うつ伏せに畳に押し付けられているのは幸村。
その幸村の背の上で足を組み、まるで馬の手綱のように幸村の後ろ髪を引っ張っているのは武田信玄の末娘である千歳だった。
「と、とりあえずさ・・・姫s・・・えと、千歳様、旦那から離してくれない?そのままだと旦那酸欠で死んじゃうから」
『・・・佐助が言うなら仕方ない』
“姫さん”と言い掛けた瞬間、佐助の横をなにやら針っぽい物が通過していったが、それは見なかったことにする。
佐助の言葉に渋々だが、千歳は幸村を解放し畳の上に腰を下ろす。
その横で精一杯空気を吸い込もうとして、反対に咽こんでいる幸村がいたが佐助は敢えて声をかけない。
「じゃぁ、改めて千歳様。どうして上田に?大将の元に居たんじゃないの?」
『父上に頼まれ、文を持ってきたんだ。だと言うのに、この馬鹿は・・・!』
「い、痛い!痛いでござる千歳殿!」
『ならば切り落としてしまえば良いだろう!?長いからこうやって掴まれるんだ!』
「ちょ、ちょっと落ち着いて!」
ゴソゴソと懐を漁っていたはずの千歳は突如キッと幸村を睨みつけると、そのまま彼の後ろ髪を思い切り引っ張った。
悲鳴をあげる上司を慌てて佐助は救い出すと、無理矢理ではあるが千歳と幸村の距離を取らせた。
と言うより千歳は幸村より2つ下のはずだが、年上がこんなに威厳が無くていいのだろうか?(いや、良くないのは判っている)
『・・・とにかくだ。私は父上に文を頼まれ、はるばるこの上田にやってきた。手土産に団子を持ってだ』
「あ、なんか話の流れ読めた気がする」
『コイツも佐助が居ないなら先に言えば良いものを!私が此処に居らぬ佐助を探している間に団子を全部食ったのだ!コイツ用にと分けてもらっていた包みだけならまだしも!食われぬようにと、別に包んでいた私の団子の分まで全部綺麗に腹の中に納めたんだ!これが日ノ本一の兵がやることか、佐助!』
「ぎゃぁ!千歳殿!髪が、髪がもげるでござる・・・!」
『五月蝿い、黙れ!このまま髪の毛をもがれ、禿げるが良い!喜べ、父上と同じだぞ?』
「なんと!お館様と同じでござ・・・・あだだだだ!!!」
『だがな、喜ぶのはまだ早い。貴様の団子を食った悪行は包み隠さず父上に報告してやる!』
「そ、それだけは勘弁してくだされ!!」
「・・・旦那・・・」
もう無法地帯だ。
幾ら幸村が小さいとは言え領主だとしても、地位としては国主の娘である千歳の方が上になる。
だからと言って2つも下の娘にいい様に扱われている姿は滑稽を通り越して、下で働く者としては情けなくなってしまう。
それに敢えて言わないが、信玄は髪の毛がもがれて禿げた訳ではなく、出家によるものだったと佐助は記憶している。・・・実の娘に信玄はどう思われているのだろうか。
(・・・そもそも姫さんらしくしとけばいいのに・・・)
いまだ般若の形相で幸村の後ろ髪を掴んでいる千歳に視線を向け、佐助は一つ溜息をはいた。
千歳は確かに信玄の娘であるが、その前に武田の一武将でもあった。
信玄曰く「千歳はどうもお座敷遊びは向かぬらしい。男子のように体を動かすのが性に合っておるようじゃ」との事。
その証拠に千歳の服装は上は小袖に、下は膝の長さで切ってしまった袴と脚絆と言う姫らしくない服装だった。
「ねぇ千歳様。大将からの文は旦那に見せたの?」
『いや、団子を食いながらと思っていたから、まだだ』
「じゃぁ先に文を旦那に見せないと。文を預かってきたってことは、返事も預かるんでしょ?」
『・・・それもそうだな。私も早く父上にコイツの悪行を報告したい』
最後の一言は余計だが千歳の意識は本来の役目に移り、幸村の前に1通の文が突き出された。
『父上からだ。心して読め、そして早く返事を書け。そうすれば私は父上の元に戻れる』
「うぅ・・・千歳殿ぉ・・・・」
髪を引っ張られていた痛みからうっすらと目に涙を浮かべていた幸村は、千歳から文を受け取り目を通すと徐に立ち上がる。その表情は先ほどまでの情けない顔とは違い、1つの城を預かるものの顔になっていた。
「すまぬ千歳殿。某、少々席をはずしまする」
『返事か?なら早く書け』
「あいわかった」
部屋を出る前に一礼をすると、幸村は慌しく廊下を走って行った。
「旦那ぁ!廊下は走らない!って・・・あの文の内容は?」
『さぁ?父上の手紙を覗くなんて不躾なこと私はしないからな。ところで佐助』
「なに?」
『・・・お前、懐に何を隠している?』
スゥと千歳の目が細められ、佐助の懐を指指す。
佐助も一瞬顔から表情を消すが、すぐにヘラリとした表情を浮かべた。
「やだなぁ、バレちゃった?ハイこれ。真田の旦那には内緒だからね」
『・・・!上田城下の団子か!』
「そ。旦那へのお土産だったんだけど・・・。いいよ。千歳様が食べちゃってよ。俺様お茶入れてくるし」
『すまんな、よろしく頼む』
いそいそと団子の包みを開ける千歳の姿に佐助は口元を緩めながら、お茶の準備をするべく、その場を去った。
しかし。
千歳も佐助も“ココが誰の部屋か”と言う事をすっかり失念してしまっていた。
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