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『…うーん…』

さて困った。と目が覚めて早々ベッドの上で着替えもせずに***は頭を抱え込んでいた。
現在の時間は決して「おはよう」とは言い難い時間。
しかしそれはいつもの事なので、***の中での優先順位は最下位に限りなく近い。
問題はもっと別の所にあった。

『…昨日…何の話してたっけ…?』

そう昨晩の記憶がほとんど残っていないのだ。
うっすらと食事を自分の中で天秤にかけた記憶はあるが、それが重要だとは到底思えない。

『えーっとチェス教えてて、呼ばれて…。…、…あれ?そう言えばどうやって部屋に戻ったっけ…』

首を傾げ、必死に記憶を探し出すが欠片すら見つかる気配がしない。
流石にシエルの部屋でそのまま寝潰れたとは考えにくい。けれども“万が一”という言葉もあるので油断は出来ない。
とりあえずベッドの上で唸っていても仕方ないので、さっさと身支度を整えて部屋を出ようと***はまずベッドから降りた。
そして支度を済ませ、部屋を出た***を待っていたのは扉の前で仁王立ちと言うソーマ。

『…え?』
「あ!やっと起きてきたな!大変だぞ、***!シエルとシエルの執事がいないんだ!!」
『…、…え?』

予想していなかった言葉に***は思わず目を見開く。
同時に昨晩の記憶が蘇り、2人がいない意味を理解したのだ、が。

「とりあえず飯を食え!その間に俺が話してやるから!」
『え、え、ええええ?!』

手を掴まれたと思いきや、相当慌てているらしいソーマに強引に食堂まで引っ張られてしまう。
そのまま席に座らされ、アグニがせっせと***の為に遅い朝食の支度をする横でソーマは慌てた様子で話し始めた。

「どうやらアグニが目を覚ました時点でいなかったようなんだ。朝食の仕込みとレシピを控えたメモはあったらしいんだが…」
「ええ、あれはセバスチャン殿の筆跡で間違いないですよ」
『レシピのメモだけ?』
「はい、レシピ以外は何も」
「最初はアグニも気にしなかったらしいんだ。他の仕事をしているのかもしれない、と。でもいつまで経っても姿が見えないから、シエルの部屋を覗きに行ったらしいんだ」
『え、何でシエルの部屋?』
「シエル様がいらっしゃるなら、セバスチャン殿のお姿が見えない事をお伝えするべきかと思いまして」

なるほど、と***はその発想に感心する。ついでに今日の朝食がイギリス風の理由も理解した。
そして1つ疑問が浮かんできて、***は恐る恐るその疑問を口にする。

『…シエルの部屋に入って、その後は…?』
「はい、シエル様もご不在で…ベッドも冷たかったのでだいぶ前からお屋敷を出られていたのかと…」
「で、お前の部屋にも行こうとしたんだ、けど…」
『けど…?』

不意に何かを思い出したかのようにソーマの顔から血の気が引いていく。
それを見て***も寝ている間に何かしたのかと、背中を何か冷たいものが走るのを感じた。
そんな2人を安心させるようにアグニが笑みを浮かべたまま、言葉を繋ぐ。

「***様のお部屋に王子が入るのを引き留めただけですよ。***様は大変朝が弱いそうですから」
「あ、あぁ、そうなんだ。その、ほら、熟睡しているのを起こすのも悪いからな!」
「ですので失礼ながら、私がお邪魔してお休みなのを確認させていただいたんです」
『そ、そう…』

ひきつった笑みを浮かべるソーマに、***も同じくひきつった笑みを浮かべる。
多分ソーマはかつて***に怒られた記憶があるので、それを思い出していたのだろう。
そして***も安眠を賑やかなソーマに邪魔されていたかもしれない事実に苦笑を浮かべるしかなかった。

「で、だ。昨日シエルに呼ばれていただろう?何か聞いていないか?」
『え?』

笑みを一転、真剣な表情に変えてソーマが身を乗り出す。
対して***はすぐに答えを出せなかった。2人が出かけた理由は知っているが、これはソーマに話して良いものではないだろう。
そもそもロンドンに出てきている理由が女王の番犬の仕事なのだから。

『…ごめんね、何も聞いてない…』
「そう、か…」

だから***はシエルの裏の顔を知らないソーマの為に嘘を吐く。
口に運びかけたフォークを戻し、それっぽく見せるために俯いて。
ほんの少し罪悪感に胸が痛む、けれどそれはソーマが踏み込んではいけない場所だから仕方ないと自分に言い聞かせる。
しばらくの沈黙、聞こえてきたのは思わぬ言葉だった。

「まぁ仕方ないな!シエルにはシエルの都合があるんだろう!」
『…え』
「だがこの屋敷を守っている俺に連絡なく出かけるのは頂けないな!心配するだろう!」
『あ、うん。そう、だね…』

驚きのポジティブ思考に***は反応に困ってしまう。
しかし必要以上に詮索してこないのは好都合だと考え直す。

「とりあえず!飯が終われば、***!昨日のチェスの続きに付き合え!」
『…うん、いいよ』

ビシィと指差され、フォークを持ち直すと***は了解の意を示す。
直後、ソーマはよし!じゃぁ俺は準備しているからな!早く来いよ!と慌ただしく食堂から出て行った。
***が呆然と荒っぽく閉められた扉を眺めていると、不意にアグニが声をかけてきた。

「申し訳ないです、***様。昨晩に続き…」
『んー、大丈夫ですよー。私、基本的な事しか教えられないけど…』
「いえ、とんでもないですよ!チェスを練習されている王子はとても楽しそうですから!」

トレイを手に花でも咲きそうな勢いのアグニの笑みに***の口元も自然と緩んでくる。

『じゃぁ早くご飯食べなきゃダメですね。遅いって言われちゃうもん』

冗談交じりに言いながら、***は目の前のプレートを空にすることに意識を集中させた。

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