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『……』

暖炉の前を陣取って、ぼんやりと紅く爆ぜる薪の火を眺める。
カーテンの隙間から見える太陽の位置は普段***が目を覚ました時よりも遥かに低い位置にあった。

『…ねむい…』

暖かい場所を陣取り膝を抱えて蹲っていれば眠くもなるというもの。
それが普段寝ている時間であれば尚更。
何もなければベッドにもぐりこんで眠ってしまいたい、けれどサイドテーブルに置かれていたメモがそれを許さなかった。


―目が覚めたらお迎えに上がりますので、お着替えだけ済ましておいてくださいね


昨晩、***が就寝した時には置かれていなかったメモ。
ついでに言えば暖炉に火が入っていた記憶もない。
なので今日珍しく***が早い時間に目が覚めてしまったのは偶然ではなく、必然だという事。

『…おでかけは…いやよ…』

次第に下がってくる瞼を擦りながら呟く。
普段屋敷での生活をかなり好きにさせてもらっている***が早起きさせられるのは、***本人への来客もしくはシエルの仕事の都合でロンドンへ行くぐらいしか思いつかない。
もしかすれば他にも有るかも知れないが、今の***に思いついた選択肢はこの2つだけ。

『…うぅん…』

必死に眠気と戦いながらも瞼は下がり、頭がカクンと舟をこぎ始めた頃、***の耳に漸く扉を叩く音が届いた。

「失礼しま…おやおや」

音の主、セバスチャンは部屋を覗きこみ***の姿を見つけると困ったような表情を浮かべた。
確かに着替えておく旨をメモに書いていたが、まさか暖炉前で膝を抱えているなんて予想もしていなかった。

(…せめて椅子に腰かけるぐらいはしているかと思ったのですがねぇ…)

どうやらあまりに眠いと思考力が格段に落ちるらしい、と頭の片隅に控えて***の前に膝をつく。
まさに微睡の最中で起きるか眠るかの境界線を彷徨っていた***は視界の片隅に黒を捉えて僅かに瞼を上げた。

『しつじ…さん?』
「はい。おはようございます、***。起きていますか?」
『ん…』
「良かった。ちゃんとメモを読んでいただけたのですね。まずは朝食にしましょうか。…***?」

不意に伸ばされた両腕に反射的に身構えてしまう。
しかし次に続くであろう行動がなく、代わりに聞こえてきたのは囁くような小さな声。
滅多に***が言わないような言葉に一瞬セバスチャンは目を見開くが、これも早起きさせたからこそかと口元が緩んだ。

「頑張って起きていてくれたのです。それぐらいは致しましょう」

***の頭を撫で、そのまま抱き上げれば背中に回された小さな手が燕尾服を掴む。

「やれやれ。お願いですから寝ないでくださいよ」
『…あい…』
「…寝てしまいそうですね」
『…ねてないもん…』
「おや、これは失礼」

小さく笑みを零し、***を抱えてセバスチャンは部屋を出る。
また寝てしまうかと言う心配を余所に暖められた部屋から一転、寒い廊下に出たことでいくらか***の眠気も削ぎ落とされたらしい。
部屋に出た瞬間の「寒っ」と言う小さなつぶやきがさっきよりしっかりとした呂律だったのがいい証拠だ。
同時に***の意識も覚醒に一歩近づいたらしく、自分の状況に気が付いた瞬間、***は言葉を文字通りなくしていた。

『あ、のっ、その、ご、ごめんなさい…!』
「なぜ謝るのです?私は迷惑だなんて思っていません。それに早く召し上がらないとお食事が冷めてしまいますよ」
『え、あ、いただきます…』

食堂につき、***を席に下したところで謝罪の猛攻撃を受けるが、さすがにセバスチャンもそれは予想していたことなので先に謝罪の意味を取り上げ、朝食を促す。
そして***が食事を始めたのを確認して、セバスチャンは今日***を早めに起こした訳を説明し始める。

「実は本日、午後より来客が立て込んでいまして、そのために***には早く起きてもらう必要があったのです」
『そっか…お客さんと顔合わせちゃ不味いもんね」

一般人から見れば***はファントムハイヴ家に居候する身元不明の女の子、である。
シエルにはエリザベスと言う婚約者がいるというのに、年の近い女の子を同じ屋敷に住まわせているのを人に見られたらどんな噂が流れてしまうか。
家庭教師としてやってくる婦人たちを信用していないわけではないが、自己防衛をしておくに越したことはない。
そんな理由があって***の知らない来客がある時、彼女は部屋から一歩も出ない時間を過ごしていた。

「申し訳ありません。さらにもう一つ。本日午後6時からは警察のランドル様がお見えになりますので、あまりお屋敷内を出歩かないようにお願いします」

敢えて警察と言う言葉を出せば、***の体がピクリと震える。
セバスチャンに向けられた瞳に浮かぶのは判りやすいほどの動揺と不安の色。

「***を捕えに来るわけではありませんよ。先日の事件の件でお見えになるだけです」

そう伝えれば安堵の溜息を***は一つ吐いて、食事に再び手を付け始めた。


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