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『・・・すごい』

思いつく感想のボキャブラリーの少なさを悔やみながらも、***は目の前の勝負に見入っていた。
さっき「フェンシングは突くもの」と知ったぐらいなのだから、ルールなんか全く知らないと言っても過言ではない。
そんなド素人な***から見ても、目の前の試合がハイレベルな事ぐらい理解は出来た。

(・・・と言うより、あの人凄い)

恐らくソーマがフェンシングを知らなかったように、アグニもフェンシングを知らないはずである。
仮に知っていても***と同じ様に「フェンシングは突くもの」程度の知識だろう。
なのに今その彼はセバスチャンと互角に渡り合っていた。

(人、じゃない?でもそんな事あるわけないし・・・)

必死になって見入っていると、二人の突いたフルーレが衝突し力を受けて大きくしなる。
しかし力に耐え切れなかったようでキンッと高い音を立てて、フルーレは折れて宙に弾け飛んだ。

「やれやれ、剣が折れてしまった」

落ちてきた剣をキャッチしたセバスチャンの声に、静まり返っていた***達が我に返る。

「これじゃぁ続きはできないねぇ。勝負は引き分けか」
「ふーん。シエルの執事もなかなかやるな。アグニは俺の城で一番の戦士だぞ。アグニと互角に戦えた奴は初めてだ!」

劉とソーマの会話を聞き流しながら、***は隣に立っているシエルを見る。
恐らく・・・いや間違いなく考えていることは同じなのだろう。
“試合が引き分け”と言うこと、“悪魔であるセバスチャンに互角に渡り合った”と言うこと。
最もシエルの場合、そこに“まさか人間以外の何かでは”という考えもあるかもしれないけれど。

「気に入った!シエルの執事よ、お前の腕に免じて今日は勘弁してやる」
「光栄に存じます」

どうしても上から目線のソーマにセバスチャンは深々と頭を下げる。
王子だからとわかっていても、***は不愉快だと言わんばかりに眉根を顰める。
けれどアグニが視界の端に映ったので、慌てて刻んだばかりの皺をほぐす。

「セバスチャン殿、お手合わせありがとうございました」
「こちらこそ。アグニさんは本当に飲み込みが早い。初心者でなければわかりませんでしたよ」
「いや、そんな!」
(・・・初心者、だったんだ・・・)

目の前での会話に少し驚きながらも***は一人感心する。
初心者であれだけ動けるのは、流石城一番の戦士と言うだけあるのかもしれない。
後でちょっと遊んでもらえるかな、なんて考えているとアグニと目が合った。
しかもさっきよりも大分近い距離で、厳密に言えばまさに目の前で。

『え、と・・・?』

身長差の手前必然的に見上げる形になるが、いかんせんアグニは背が高すぎる。
見上げすぎて首が痛いのと、身長が高いことでの圧迫感で***は2,3歩後ずさった。

「あの、***様・・・。シエル様には先程の件で謝罪させていただいたのですが、***様には今朝の件・・・本当に申し訳ありませんでした。貴方様の生活習慣を考えぬまま、むしろそれを乱してしまい・・・」
『や、あの・・・それは、もう良いですから』

―だってあの後もっと酷い出来事があったし。

そんな毒を纏った言葉はギュッと奥に押し込んで、***はワタワタと両手を振る。
すると安心したのか、アグニは「ありがとうございます」と笑みを浮かべた後ソーマの元へと向かっていった。
そして入れ違いでやってきたセバスチャンに、隣に居たシエルが遂に疑問を投げつけていた。

「セバスチャン、あの男・・・一体何者だ?まさかまた・・・」
『・・・シエル。多分それは無いと思うよ』

恐らくシエルが考える赤い死神像を振り払う仕草をしながら***は苦笑する。

「えぇ***様の仰るとおり、あの方は人間ですよ」
「そうか・・・」

微かに笑みを浮かべたセバスチャンの言葉にシエルが安堵していると、後ろから衝撃が。

「おいシエル!俺達ももう一試合だ!」
「うっ!?」

ガシリと音が付きそうなほど、シエルの首をホールドしたソーマがそこにいた。
どうやら***は視界に入ってないらしく、シエルだけをズルズルと連行して嵐のように去っていった。

『・・・』
「***様。眉間に皺が」
『・・・自然に出てくるんですよ』
「それは癖になる前に直すべきですね」

グリグリと眉間の皺をほぐす***を見てセバスチャンは口元を緩めた。

『直せたら苦労しないです。・・・でも凄いですねー、アグニさん。ただの人間なのにセバスチャンさんと引き分けなんてー』

皺をほぐし終わった***は顔を上げ、セバスチャンが持つ折れたフルーレに目を向ける。
フルーレは見事なまでに綺麗に折れていた。

「・・・そうですね、アグニさんはただの人間ですよ。・・・ただ、私達が持ちえぬ力を持った・・・ね」
『・・・?』

セバスチャンの言う「私達」が***自身も指すのか判らず、***は首を傾げた。


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