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(1/7)

ふ、と目が覚めた。
サイドに置いた時計を見れば、目覚めの時間だとそれは言う。

『起きたく…なかった』

消えそうな声で呟き重たい体をそばに置いていた杖で支え、立ち上がる。
ヒンヤリとした床の冷たさが足の裏から、一気に駆け上がって来た。

『…いたい』

また呟き、ズルズルと片足を引き摺りクローゼットまで歩く。
少し乱暴に扉を開けば、まだ封も開けていない箱が転げ落ちて来た。


―まるで今日必要とされてるって判ってるみたいだ


乗り気じゃない中、封を解けば現れたのは真っ黒の喪服。
まさか買ってくれた人の葬儀で初めて袖を通すなんて、思いもしなかった。
だけど彼女はこうなる事を……知っていたのかもしれない。

『ねぇ、マダム。…似合ってる、かな?』

姿見の前に映る自分の姿。
買い物に行った時と何ら変わりない…あるとすれば足の怪我ぐらい。

『斬られた傷はさ、治っちゃったんだ…ほら、私…普通じゃないから…
 でもね、足の骨はすぐに治らなかったみたい
 屋上から落ちたって言ったら、お医者さんビックリしてた』

だからこんなに大袈裟なんだよ?
鏡に映る自分が困ったように怪我した足を指差す。
けれどすぐに表情がそこから消えた。

『……いたい、な』

治ったはずの傷口が?

『…いたいよ』

折れた足の骨が?

『ねぇ…マダム…』


視界がぼやけ、ヘタリと冷たい床に座り込む。


『いたいよ…』

ポタリ。
目から零れた涙が喪服に染みを作る。


『寂しい、よ…』


こんな朝に一人何をしているんだ、そう思う。
だけど涙は止まる事なく、喪服に吸い込まれて行く。

『〜っ、ふぇっ…マダ、ムッ…』


マダムといる時間は短かったから、これから色んな事を一緒に出来たら良いなとか。

マダムの家にはいっぱい本があるから、おいでって誘われていたのにとか。

他にも寂しいとか、悲しいとか、悔しいとか。

いろんな思いが次々に現れては、次々と消えて行く。

聞こえて来るのは自分の泣き声と、時折鼻を啜る音だけ。



だから***は気がつかなかった。

扉を隔てたその先にセバスチャンがいた事に。



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