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『…なんか変』
朝、階段を下りる***の足がふと止まる。
屋敷の中を漂う空気が、正確には匂いがおかしい。
『血、の匂い』
昨日此所に来た時もうっすら感じてはいたけれど、今日は昨日以上にはっきりしていた。
『何処から?違う…誰から?』
「誰かどうかしたのかい?」
『ひぁ!?』
突然背後から掛けられた声に驚き、***は階段を踏み外しそうになる。
慌てて階段の手摺にしがみつき、***は涙目で声の主に訴える。
『っ…劉、さん!?お、驚かさないでください!』
「すまないね。我も挨拶しようと思っただけなんだけど」
大丈夫かい?と劉は***の頭をポンポンと撫でた。
『大丈夫、です』
大人しく頭を撫でられながら、***は答えた。
「そうそう。もしかしたら今朝は伯爵のご機嫌、よろしくかもね」
『何で?』
「んー、我が言わなくてもすぐに判るよ」
不満げな顔をする***に、劉はただ笑いかけるだけだった。
―切り裂きジャック再び現る!
―被害者はアニー・チャップマン
―またしても娼婦が犠牲に
その日の朝刊一面を切り裂きジャックの事件が大きく飾る。
「どういう事だ!子爵は昨日どこにも行っていなかった!」
バンッとシエルが思い切り机を叩き付ける。
その様子を少し離れた場所で座り込みながら、***は眺めていた。
(折角女の子の格好までしたのにね)
劉やマダムの声を聞きながら、***は読んでいた本に視線を戻す。
けれど本のページがめくられる事は無かった。
(血の匂いが…強くなってる)
この部屋に来てから、匂いが一層強くなったと思う。
と言う事は、この中の誰かがその匂いを持ち込んだと言う事。
劉はさっき会ったけど、特に何も感じなかったから、きっと違う。
そうやって可能性を消して行き、残された人物を***は本を読む振りをしながら眺めていた。
(まさか…でも)
仮にそうだとしても、理由が見当たらない。
だからと言って、本人に直接聞く事はしたくなかった。
結局なんとかなると諦め、***はパタンと本を閉じた。
『え?』
顔を上げると同時、マダムと劉と目が合った。
その奥の方ではシエルが呆れたような、哀れむような視線を送っている。
「***、我かマダムか選んでくれないかい?」
『何で?』
「それは内緒よ!さぁ***、どっちが良い?」
別にどっちを選んでも文句は言わないわよ、とマダムが笑う。
その言葉に劉は不愉快そうな顔を見せたが、その顔はすぐに消えた。
『うーん…じゃぁ…』
たっぷり10数えて、***は口を開いた。
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