no title | ナノ


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2人の死神が動き出したのとほぼ同時刻。
屋敷の前に1頭の馬が足を止める、馬上のドールは変わり果てた屋敷に思わず声を漏らした。

「なんだよ…。なんだよ、コレッ…」

火に飲み込まれる屋敷を前に長旅の疲れも忘れ、慌てて馬から降りると探し人の名前を叫んで玄関に走る。

「兄貴!!ジョーカー兄貴!!」

しかし火の勢いと熱と煙に阻まれ、その足は思うように進まない。
煙に咽ながらジョーカーの名前を呼ぶドールだが、その行く手を阻む炎の中から浮かび上がったシルエットに我が目を疑った。
現れたのはほんの数日ではあるが、一緒に過ごした新入団員の2人。

「ブラック…スマイル?」

その名前を口にするが、彼らがこの場にいる事が信じられない。
それに何故屋敷が屋敷が燃えているのか、ここにきているはずのジョーカーがどうなっているのか。
生まれた疑問や不安は切羽詰まった叫びと化した。

「なんでお前らがここに…何があったんだよ!?兄貴は」
「お亡くなりになられましたよ」
「え…」

さらりと告げられた言葉に一瞬ドールの思考が止まる。

「何言ってんだよブラック!なあスマイルもなんとか!」

現実を認めたくないあまり、声を荒げてドールは2人に掴みかかろうとする。
その刹那響いたのは乾いた拒絶の音。

「僕に 気安く触るな!!」

何かに怯え拒絶するシエルに呆然となるドールにセバスチャンが静かに語り始める。

「私たちは女王陛下の命により追っていたのです。児童連続誘拐犯の行方を」
「!!お前ら本当に警察(ヤード)だったのか!?オレらを捕まえに…」
「いいえ違いますよ」

あの日の晩、テントで聞かされた2人が警察関係者ではないかと言う疑惑。
疑惑が事実だったのかと焦りだすドールをセバスチャンは静かに否定する。

「消しに来たのです。女王の番犬ファントムハイヴとして」
「女王の…番犬、ファントム…ハイヴ」

逮捕よりも遥かに重たい言葉。
繰り返す様に呟くドールはふとある手紙を思い出した。

「まさか…スマイルが…お前がファントムハイヴ…?じゃぁ嘘だったって言うのかよ、全部、全部ッ!」

ページボーイをしていたという過去も、1軍テントに忍び込んだあの時も、約束を交わした時のあの笑顔も。
全て女王の番犬としての命を遂行するための偽りだったのかと、焦燥が次第に裏切られた怒りに変わっていく。

「その通りだ。僕の名はシエル・ファントムハイヴ。僕の仕事はひとつだけ…女王の憂いを晴らすこと。だから殺した、ケルヴィンもジョーカーも。僕が殺した」

何一つ否定することなく、すべて認めてシエルは告げた。殺したと。
その言葉を認識すると同時にドールの脳裏に芸名を貰った時の記憶が蘇る。
あの頃から既にオレと言っていた自分に与えられたのは、ドールと言う女みたいな名前。
似合わないと照れる自分の頭を撫で、笑顔を浮かべながら名付けたジョーカーは言ってくれた。

「そんなことないって似合ってる。
 だってお前は俺らのかわいい妹なんだから」


そう言ってくれたジョーカーはもうこの世にはいない。
認め難い事実に崩れ落ちたドールの絶叫が響き渡る。
握りしめた拳には悲しみの涙が落ちるが、それもすぐに変化する。

「…る、さねえ。ゆ、るさねえ。許さねえ。許さねェ」

次第に強まる口調。
悲しみに憎悪が上書きされ、その眼には強い殺意が浮かぶ。
そしてカバンに忍ばせていたナイフに手を伸ばす事に最早何の躊躇いも無かった。

「許さねェ!!スマイルウウウウ!!!」

眼には強い殺意と悲しみを、手にはナイフを握りしめ、怒号と共にドールはシエルとセバスチャンに向かっていく。
その勢いで伸ばしていた前髪が煽られて、コンプレックスだった火傷跡が露わになる。
ドールの露わになった火傷に覆われた目からも流れ落ちる涙。
しかし、今まさに命を奪わんとする勢いで向かってくるドールにシエルは眉根一つ動かさず、その名を呼んだ。


「セバスチャン」


猛火の音よりはるかに小さいが、確かにその声は響いた。
そして終わりを告げる様に、持ち主のいなくなったファントム社のキャンディが地面に落ちて砕けた。


全てを終え、セバスチャンに抱えられたままシエルはいまだ燃え続ける屋敷を後にする。
その様子を遠く離れた場所から見届ける影が1つ。

「ヒッヒ…魂は1人ひとつ、大事におしよって教えたのに。大きな力を持っているせいで取り返しのつかないものの重みがどんどんわからなくなってしまう」

ペキッとお手製の骨型クッキーを銜え折り、馬車の上で静かに葬儀屋が呟く。

「それに気付くのは支えきれなくなってから…。一体小生は何ど同じ忠告を君たちにしているんだろう。
 ねぇ、ファントムハイヴ伯爵」

身に着けた遺髪ケースを指に絡め、長く伸びた前髪から覗く瞳。
その瞳が見つめる先は勢い衰えぬ炎と黒煙と無数の走馬灯劇場に包まれた屋敷があった。


そして同時刻、別の場所でも事の成り行きを見ている者達がいた。

「あ――。どうする?」
「俺達はただ見たままを報告するだけだ」

覗いていた双眼鏡を外し、1人は楽しげに口元を緩ませる。

「かわいそうに。お仕置きされちゃうかも」

対して1人は冷静に口を開いた。

「それは俺達が決めることではない。女王陛下の御心次第だ」

夜空の下でもはっきりと判る白を基調とした服を纏った彼ら。
その胸には女王陛下の横顔の刻まれた勲章があった。

「――そう言えば。あの野良猫の姿がないけど?どうする?」
「俺達はただ見たままを報告するだけだ」
「あっそう。つまんないの」

待機していた馬車に乗りこむ間際、ふと思い出したかのように呟かれた言葉。
しかし返されたのは同じ言葉で、彼は不満げな声を漏らしながら馬車に乗りこんだ。

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