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俺達はこの世のあらゆる汚いモノが垂れ流されたドブで出会った
生まれつき体が欠けた奴
いつまでも子供の体のままな奴
歪に育ちすぎた奴
親に人相変えられた奴
みんなみんなこのドブに捨てられた
そんな俺達がこの英国で仕事なんかもらえるワケがない
かっぱらいだってろくにできやしない
どうやって暮らしていたかなんてもう思い出せないけど
それでも俺達はドブの中で息を潜めて生きてた
だけどある日 ドブ鼠を拾ってくれる物好きが現れた
―カラカラと音を立て、再生される走馬灯劇場。
ファイル片手に眉1つ動かさずに彼は、ウィリアムはそれを黙って審査する。
「娼婦カレン・テイラーの息子、本名記載なし。1863年4月2日生まれ、1989年2月9日出血多量により死亡」
猛火に飲み込まれ燃え盛る屋敷の上で彼は淡々と情報を読み上げ、結果を下す。
「備考特に無し。――審査完了」
“Completed”
ファイルに1つ判を押し、1人分の審査が終わる。
「まったく人事は何を考えているのやら。この案件は1人で対応できる訳がないと言うのに」
燃え盛る炎の様に揺らぎ、存在を主張する走馬灯劇場の数々。
背後に感じた仲間の気配に彼はようやく振り替える。
「今頃…しかも貴方を動員によこすとは」
「あー―ら。やっぱりご立腹でしたか」
「ロナルド・ノックス」
ロナルドと呼ばれた彼はウィリアムがいる場所より高い位置でしゃがみ込み、頬杖をついていた。
金髪に程よく着崩したスーツ姿と待機姿勢、彼はウィリアムとは正反対の印象を受ける。
そんな彼は時計を確認すると身軽な動作でその場から飛び降りた。
「急いで来たつもりなんですけどね。それとももしかしてオレでがっかりしてます?」
「いえ。本日付けでアレの謹慎が解けるので嫌な予感がしていたのですが…外れたとは僥倖でした」
ウィリアムの言葉にロナルドはそう言えば、と口を開く。
「サトクリフ先輩なら異常なテンションで別件行きましたけど。エートなんだっけな」
「ファントムハイヴ家ですか」
「そうそうそれっス!」
段々崩れてきた語尾と共に思い出したと言わんばかりに人差し指を立て、ロナルドは手帳を引っ張り出してその文面を追いかける。
「あっちのが楽そうだったんスけどね〜」
「それは残念でした。貴方もアレも。まったく仕事に感情を持ち込むから余計な手間が増えるんです。我々死神の仕事は上から配られたリストに従い魂を審査し、回収する。ただそれだけ」
手にしていた分厚いファイルを捲り、ウィリアムは言い聞かせるように続ける。
「またその審査さえ形式的なもの。―対象者が“世界に有益と成り得る存在”だった場合のみリストから除外される。しかし人間にそのような価値のある者など皆無に等しい。ゆえに死神は万一が無い様、確認作業をしているに過ぎない。淡々と、坦々と。…ですが、すでによく判らない例外もいるのも事実」
「あー、例外ってちっさいガキっスよね。今日、いるんスか?」
「いえ、いませんよ」
「じゃその普段通りの確認作業をさっさと済ませましょーよ。今日秘書課と合コンなんスよね。それに元々オレ残業しない派なんで」
“残業しない派なんで”
その言葉にこの1か月強過酷な宿直を強いられていたウィリアムはピクリと反応する。
「審査予定者の死因そのほとんどが焼死ですが、きっかけとなったのは悪魔です」
「げっマジすか」
淡々と告げられた事実に驚くロナウド。
その彼とは反対にウィリアムは神経質に眼鏡の位置を正すと、後輩に忠告する。
「拾い食いするタイプではなさそうですですが、油断はできません。魂をかすめ取られれば始末書確定ですよ」
「了解っス。気合入れていきます。残業しない主義なんで」
そう言い自身の死神の鎌を構えたロナルド。
芝刈り機と言う、どこかの赤い死神に負けず劣らず自己主張の激しいそれにウィリアムの眼鏡が光った。
「ロナルド・ノックス。その死神の鎌は…」
「ちゃんと申請通ってます。総務の娘(コ)と仲良いんスよ」
さらりと指摘を受け流したロナウドに溜息を吐くと、ウィリアムも自身の死神の鎌を構える。
「では定時までに急いで回収しますよ」
「ラジャー!1人残さずね」
そして伸びる走馬灯劇場の流れに逆らうように2人は走馬灯劇場の元に向かって飛び降りた。
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