no title | ナノ


(4/5)

―ファントムハイヴ家の使用人とは

―シエルとセバスチャンが選び雇用した私兵

―何があってもファントムハイヴ家の秘密と誇りを守る者


「私兵…だと?」

同じ頃、シエルの口から聞かされた内容にジョーカーは動揺していた。

「ファントムハイヴは女王の憂いを無きものにするためだけに存在する影。その巣窟に足を踏み入れれば光ある場所には二度と戻れない」
「あいつらだってプロだ。そう簡単に―」
「信じるのがご自由ですが、私が選んだ人材だという事をお忘れなく」

突きつけられた現実を受け入れられないジョーカーだが、それを崩すようなセバスチャンの言葉。
彼に選ばれたという事は相当な能力を持っているという事の証。

「くっ…」

―頼む、生きててくれ

―お前らだけでも―――!!

ファントムハイヴの屋敷で何が起きているのか。
そんな事を知るはずもないジョーカーは別行動のメンバーの生存を強く願う。

「俺達は、どうすりゃよかったんかなぁ。笛吹きの息子トム(ナーサリー・ライム)みたいに“吹ける曲は(できること)はひとつだけ”で…でももし…もし生まれたのがこの国じゃなかったら、自分が、体が、こうじゃなかったら…こんなっ…」

自責、後悔、諦念、無念、複雑に混ざり合った感情が涙となってジョーカーの目から零れ落ちる。

「みっともなく泣くな。泣いたって変わらない。いつだって世界は誰にも優しくない」
「スマイル…」

ジョーカーに向けられた言葉はまるでシエル自身にも向けられた言葉のようで、ジョーカーはその小さな背中の名前を呼んだ。

「僕の名前はシエル・ファントムハイヴ。その一つだけだ」

呼ばれた名を否定するように再度名乗ったシエル。
漸く振り返ったその眼に同情や憐れみと言った感情は無く、そんなシエルにセバスチャンが一瞬視線を向けた中、不意に扉が開かれた。

「追加おまちどうさま」

場にそぐわぬ空気で現れたのはサーカスのテントで出会った「先生」と呼ばれていた男。
彼はシエルとセバスチャンの姿を目に留めると、何か納得したようにフットプレートに乗せていた足を地につけると、ごく自然に自力で立ち上がった。

「ジョーカーが言ってたことは本当だったワケか。お金でどうにもならない分、警察よりタチが悪いと噂の女王の番犬君」
「先生…あんた足…歩けて…」

何の支えも必要とせず、自分の足だけで階段を下りてくる先生にジョーカーの顔が驚愕に染まる。
そんなジョーカーの反応に先生は悪びれる様子もなく、その顔に笑みを浮かべた。

「足?ああ僕本当はなんでもないんだ。君達みたいな子はああしてた方が警戒されないから座っていただけ」

本当に足が何でもないという事を裏付けるように、部屋の中央に倒れる男爵に気が付くと慌てて彼の元に駆け寄る。
そしてしゃがみ込み、事の切れかかった男爵を確認すると残念そうに溜息を吐いた。

「あ〜〜、こりゃもーダメだな。酷いじゃないか、やっと僕の理想を理解してくれるパトロンに出会えたってのに」
「理想?」
「そう。僕は昔から完璧な義肢を求めて開発し続けてきた。そして研究の末に最上の素材を作り出すことに成功したんだ!気よりも軽くて丈夫、そして陶器特有の無機質な美しさ…今まで誰も造れなかったものを僕は作りだした。ただ素材を集めるのが難しいシロモノでね」
「確かに貴方お手製の義肢はとろける様な手触りでしたね。まるでボーンチャイナの食器のような…」

何かを思い出すようなセバスチャンの言葉に共感を得たと言わんばかりに先生は声を弾ませる。

「わかるかいブラックこの美しさが!!だけど実におしい!家畜(牛)の骨なんかを混ぜて作るボーンチャイナと一緒にしないでくれるかな」
「そう言えば仰られていましたね。特別な素材を使われていると」
「そうそう、ココでしか手に入らないんだ」
「まさ、か」

今までの会話で何か気にづいたシエルに驚愕の色が浮かぶ。
先生は子ども達が囚われた籠に体を預けると、同意を求めるように口を開いた。

「どこかに捨てる手間もいらなくなるし、最高のリサイクルだと思わないか?」
「お…俺らはなんてモン…をッ」
「ほらまたそーやって拒絶する。真実を知らなきゃ皆素晴らしいって誉めそやすクセに」

露わになった真実を受け入れられずジョーカーが嘔吐する。
そんな反応を冷ややかに流すと、先生は檻を開け片腕をその中へ伸ばした。

「でも男爵は違った。美を求めるモチベーションが高いし材料と費用を湯水のごとく提供してくれた最高のパトロンだったよ。最高の作品を作るのに、最高の材料が必要なのは当たり前だと思わないか?犠牲ナシに成功などありえないってのに、世間のバカ共ときたら」

ズルズルと無抵抗な子どもを引きずり、向かう先は中央の祭壇。
祭壇上に寝かされた子どもの姿にシエルの心臓が大きく脈打つ。

「牛の骨なら良くて人間の骨はダメ?」
「あ」
―お願い誰か
「あっ…」
―お願い
「誰が決めたんだいそんなこと!?」

―誰でもいい なんでもいい 僕たちを助けて

勢いよく振り下ろされるナイフ、狂気に歪んだ顔、飛び散る鮮血。
その1つ1つがシエルの過去を抉り出していく。

「うわああああああああああああああ」

聞きたくないと耳を塞ぎ、大声で叫ぶ。
せり上がってくる物を止められず、口元を押さえた手の隙間からこぼれ出す。
錯乱した目の前に映るのは檻越しに見つめる狂気を纏った大人たち。

誰か――

そう願い伸ばした右手。

「坊ちゃん」

静かに呼ばれ、伸ばした右手を包み込むように握られる。

「何を恐れる事があるのです。貴方は今、檻の外にいるのですよ。私のご主人様マイロード

まだ混乱し呼吸荒のいシエルを自身の方に引き寄せ、眼帯の結び目に手をかけながらセバスチャンはそっと囁く。

「さあ、私の名前を呼んで」

するりと外される眼帯。
囁かれた声に従うように縋るようにシエルは何度もセバスチャンの名前を口にする。
そして露わになった契約印と共にはっきりとした声色で叫んだ。

「こいつらを殺せええッ!!」

刹那、セバスチャンの左手が先生の胸部を貫いた。
口から血を吐き何が起きたか理解する間もなく祭壇の傍に崩れ落ちる体。
そのままセバスチャンはまだ虫の息状態の男爵の頭を無慈悲に踏みつける。
その衝撃で血が飛び散るが、もうジョーカーが反応することはなかった。

「終わりましたよ」
「燃やせ」
「燃やせ?ここをですか?」
「そうだ」

新たな命令を確認するように尋ねれば戻ってきたのは短い肯定。

「ですが坊ちゃん。女王陛下のお手紙から察するに、今回の任務は事件の犯人探しと子供達の救出では?すでに犯人は―」
「うるさい黙れ!!何も残すな、ここにある全てを灰にしろ、下僕お前の仕事を忘れたのか!命令だッ!!」

執事として本来遂行すべき任務を確認すれば、尋常ではない剣幕のシエルに一蹴される。
現状と自身の過去を重ねてみているのは明らかで、立場より私情を優先させたシエルをセバスチャンは一瞥し、静かに息を吐く。
次に血に汚れた手袋を外し、向かった先は静かに場を照らし続ける燭台。
揺らめく蝋燭の炎に手をかざせば、それは猛火へと豹変する。
全てを燃やし尽くさんとする猛火を従え、セバスチャンはゆっくりと口を開いた。


御意 ご主人様(イエス マイロード)




幕が下りる  END
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