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(3/5)

『バルドっ!!』

ほんの僅かに開けた扉の隙間に体を滑り込ませ、勢いで扉を閉める。
ホールの階段で腕を組み待機していたバルドは予想外の人物の登場に目を見開いたが、すぐに冷静に***にこっちに来るよう合図を送った。

「無事だったか」
『うん。2人、来るよ』
「了解。…」

短い会話の中でバルドは何か言いたげに口を開くが、それもすぐに控えめに開けられた扉に遮られた。
様子を伺ながら近づく影。彼らが階段を上り始めてバルドが漸く口を開く。

「おう待ってたぜ。裏庭はフィニ、脇はメイリンが睨みを利かせてる。そして嬢ちゃんを追いかけて入ってくるとすりゃ正面――以外には…ってうおっ!テメーあぶねーじゃねーか話の最中に」

言い切る前にナイフが数本向かってくる。
それをフライパンで防御する間を狙って飛んできたビーストの鞭をバルドは体全体で避ける。

「おいぃオレぁそっちの趣味はね――ぞ!!ったくどいつもこいつもソロモン・グランディみてーに生き急ぎやがって、もったいないこった。おい、フィニ」

攻撃が止み、バルドが静かにフィニを呼ぶ。

「大砲一発くらわせてやれ!」

その合図に階段の踊り場に並んでいた彫像が勢いよく階段下の2人に投げつけられる。
ダガー達が避ける間にも次々に飛んでくる重量ある彫像に2人は撤退に専念せざるを得なくなった。

「ちょ!こんなんアリか!?」

逃げる2人の足元を狙うように彫像が投げつけられる。

「チッ…!」

牽制の為ナイフを投げようと振り返ったダガーはその先に現れた***に投擲を躊躇う。
ほんの僅かに躊躇したのち、結局ナイフを投げることなくダガーとビーストは屋敷の奥へと消えて行った。

「よし」

途中から崩れ落ち、役目を果たさなくなった階段と2人の逃げた先を確認してバルドが呟く。
そして途中から姿を見せた***に声を掛けた。

「いいか嬢ちゃん。こっからは俺らの領分だ、手を出すんじゃねぇぞ」
『え、でも』
「あんまり嬢ちゃんに血生臭い事させたら、オレらが坊ちゃんに怒られちまうからな。判ってくれ」
『……うん』

クシャクシャと乱暴に頭を撫でられながら***は黙って俯く。
それと同時に高ぶっていた気持ちがすーっと静かに引いていき、次にやって来たのは後悔だった。

『あ、あのねバルド…!』
「言いたいこたぁ判ってる、全部終わったら聞いてやるからな」
『…うん。判った』
「じゃぁいい子にしてろよ」

最後に一つ***の頭をポンと叩くとバルドは次の作戦の為に動き出した。
その背中を眺めながら***はその場に座り込む。

『…そうよね。そうだよね』

余りに軽率過ぎた自分の行動に頭を抱える。
良かれと思って動いたけれど、結局それは使用人たちに迷惑をかける結果になっていたのかもしれない。
幸い***に怪我は何もないけれど、これが怪我をしていたら?
もしも***が動き回ったせいで安全なはずのエリザベスが危険な目に遭ったら?
当然***は怒られるだろう、でもそれ以上にその場を守るべき彼らが怒られるのは明らかだろう。

『…ごめんなさい…』

膝を抱え込み小さく呟く。
遠くで聞こえる銃声に彼らとメイリンが交戦しているのだろうと頭の隅で考える。
その後考えられるであろう展開を思い描き、部屋まで誰にも会わずに帰るルートを絞り込んでゆっくりと立ち上がる。
薄暗い廊下を窓からの月明かりだけで歩く、そんな中何気なく見た外の景色に***は思わず足を止めた。

『…、…え?』

ひらり、と一瞬視界を過ったのは赤。
見間違いにしては大きすぎたそのシルエットに慌てて窓を開け放つ。
やはり見間違いではなかったそれに***はそれを追いかけるべきかどうか一瞬躊躇する。

『なんでいるの…!?』

何が目的かは判らない。
けれどこの場にいてて歓迎されるものではない。
ましてや人間相手にどうこうできるような相手でもない。
だけど必要ならば食い止めなければならない。
ならばそれの存在に気付き、尚且つ多少は対峙できる自分が向かうべきだろう。
先程の後悔に後ろ髪をひかれるが、相手が相手だからと***はそれを振り払う。
そして追いかけようとした瞬間だった。


―ドカンッ!!!


鼓膜が破れるのではないかと思うような爆発音の後、屋敷が震え、振動と爆発の風圧で廊下の窓ガラスに亀裂が入り、一斉に割れて破片がそこらじゅうに飛び散った。
そのうちの幾つかが窓のすぐ傍にいた***の顔を掠めるが、そんな事に気にする余裕もなく***は走り出していた。



割れた窓から焦げ臭いにおいが入り込み、何度か噎せ返りそうになる中、***はようやく屋上でその背に追いついた。

「アーラ、お久しぶりじゃナイ?で、顔に傷なんか作ってどうしたの***チャン?」
『…っは、ちょっとした事故だからお気になさらず。で…何しに来たの?死神…グレルさん?』

息の上がった***に襲い掛かるわけでもなく、名を呼ばれたグレルは何かを楽しみにしている様子で分厚いファイルを引っ張り出した。

「そーねェー、長い長い謹慎が終わって出てきたら?セバスちゃんのお家でお仕事が有るっていうからー、ウッキウキで来たってトコロかしら?」
『…そのウッキウキに水差して悪いけど、いないよ。セバスチャンさん』

いない、と言った瞬間グレルにすさまじい勢いで睨まれたが事実なので仕方がない。
そのグレルは***を睨んだ直後、慌てて手にしていたファイルを捲り始め、あるページでその手を止めた。

「ああぁぁぁ、じゃぁセバスちゃんがいるのはこっちの件だったってコト!?」
『……』

流石にどうすれば良いのかわからず、***は一歩後ずさる。
しばらく1人何かを愚痴っていたグレルだが、気持ちの切り替えが付いたのかチェーンソーを模した死神の鎌を構える。と同時に***も彼への警戒を露わにした。

「…そんな心配しなくても、今日は***チャンお呼びじゃないワ」
『…え?』
「本当ヨ、アタシ今日はココで死ぬ予定になってる5人の魂の審査に来たダケだから」
『…とか言って、いきなり襲いかかるとか嫌なんだけど…』

相手が相手だけに気を抜くことが出来ず、グレルの出方を見つつ***は顔を顰める。
そんな***に溜息を吐くとグレルはチェーンソーから手を離し、敵意は無いとアピールするように手を振った。

「知ってんデショ?アタシたち、リストにない魂を狩るのはルール違反なの。今日のアタシが持ってるリストに***チャン、アンタの名前はナイの」
『……』
「…て言うか、謹慎してたから詳細知らないケド、***チャン何かヤったの?」
『はい…?』
「アタシが謹慎受ける前と後で見つけた時の対応が変わってるのよネェ。簡単に言うなら、殺しなさいから警戒しなさい、ってカンジ?」
『は…?』
「ま、聞いたって判るワケないわよネ。とりあえずアタシはさっさと審査終わらせるから、***チャンもさっさと寝ちゃいなさい。ガキは寝る時間デショ?」

じゃぁねん、と投げキッスを一つ寄越してグレルは赤いコートをはためかせ、屋上から飛び降りる。
その動作すら実はフェイクで油断した瞬間に襲ってくるのではと***は警戒したが、結局グレルが戻ってくる事は無かった。

『…ガキって…』

攻撃こそなかったが最後の最後の置き土産に口元が引きつるのを感じながら***は屋上を後にして自室への道を急いだ。
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