no title | ナノ


(2/5)

パタパタと暗い屋敷の中を走り抜ける。
その間にも思考は冷静に、けれども感情は好戦的に切り替わっていく。
そしてバルド達3人の位置は判っているから、今誰かに出会えばそれは間違いなくお呼びでないお客様。
しかし幸いにも誰かに会うことなく辿り着いた裏庭で***は思わずその足を止めた。

『…あれ?』

火薬と折れた木と鉄の香りが漂う中、破壊された壁に沈み込んだ巨体と地面に転がる小さな体に首を傾げる。

『これ、サーカスで見た人たちだよね…』

返事はない。
けれど数日前に見たばかりのあの巨体やステージ用の華やかな衣装を早々忘れるなど出来るわけが無く、それは確認じみた独り言だった。

『なんでサーカスの人たちが来るんだろう。じゃぁ3人のうち1人は空中ブランコの片方だろうから、後2人誰だろう…』

そもそも今回の事件をほとんど知らされていない***は当然彼らの狙いを知るはずもない。それでもサーカスを見た記憶を頼りに来ているメンバーを絞り込んで行く。

『多分ー…トラのおねーさんかナイフのおにーさんか…後綱渡りの人、それからジョーカー…だっけ?』

既に息絶えた2人に興味を無くし、正面玄関へ向かっている気配を追いかける為に急いで歩く。
その足取りが殆ど音もなく、自身の気配も薄れているのは完全に***の無意識が為せる業。



「……」
「姐さん?」
「…ちょっと黙ってな」

先を歩いていたビーストの足が止まり、思わず声を掛けたダガーだがそれは制止される。
何かを探るように来た道を睨むビーストにつられてダガーも振り返る。やがて耳を澄ませば確かに草を踏む音が聞こえて2人はそれぞれの獲物を構える。
しかしその闇の中から浮かび上がってきた人物に2人は攻撃することを忘れ、しばらく呆然としていた。

『あれ。トラのおねーさんとナイフのおにーさんだ』

そして***もあっさり出会ってしまった事に、うっかり口を開いてしまう。
ほんの僅かな沈黙の後、動揺を沈めるように口を開いたのはビーストだった。

「あ、あんた…ここに住んでるのかい?」
『うん。そうだけど…おねーさんたちはこんな夜中にどうしたの?』

一瞬とは言え会話をした間柄の為、警戒を露わにせず投げられた問いに***も問いで返す。
ある意味尤もな返答にビーストたちは顔を見合わせ、アイコンタクトを交わすとダガーが***の前にしゃがみ込んだ。

「オレら人を捜しに来たんだ」
『人捜し?』

はて?と首を傾げる***にニコニコと人好きのする笑みを浮かべながらダガーは相槌を打つ。
けれどもその眼は***がターゲットか否かを確認する為、少しも笑っていなかった。

「そう、人捜し。だけど嬢ちゃんはこんな時間に外なんかで歩いてどうしたんだ?もう寝る時間は過ぎてるだろ?」
『うーん…そうなんだけどね。外がうるさい気がして見に来たの』

そして***は***で向けられる剣呑な視線に気づかないふりをして、何も知らない子供を演じて問いかける。

『そうしたら2人に会ったんだけど、誰を捜しているの?』
「うっ、それは…」
『こんな時間だもの。すごく急いでいるか、悪いこと考えているかじゃないの?』
「ダガー待って。…ねえ、アンタはどうしてそう思うんだい?」

***の問いに言い淀んでしまったダガーを止め、今度はビーストが***の前にしゃがみ込む。
マフラーを口元まで引き上げ、***を見つめる目はダガーに劣るものの、やはり警戒の色が浮かんでいた。

『え?だってちゃんとした人なら、もっと明るい時間に玄関から尋ねてくるはずなのに今の2人は違うでしょ?』
「アンタ…何を知ってるんだい?」
『何にも知らないよ?逆に私はどうしてサーカスの皆が私を気にかけたか知りたいよ』
「それを知って嬢ちゃんはどうするつもり?」

***を警戒して2人は再び自身の獲物を構え、ほんの少し距離を稼ぐ。
自身の獲物を見せつけ威嚇をするが、セバスチャンや死神と言った人外と対峙したことのある***には鞭もナイフもなんて事は無い。そのため大して怖がる様子も見せずに投げられた問いに素直に答えた。

『どうもしないよ?…あ、でもどこかに連れて行かれるとか嫌だけど』

刹那、***の足元に数本のナイフが刺さった。

「嬢ちゃん、絶対何か知ってるだろ」
『…だから、何も知らないって言ったのに…』

それは紛れもない事実。
今回はシエルから聞かされた事は殆どなく、さらには別行動が多いため何も情報が入って来ていない。
辛うじて葬儀屋の元を訪ねた時に子供が行方不明になっていると聞いた程度。
その他に敢えて言うなら「サーカスが何かを隠している可能性がある」という事ぐらいしか***は知らない。
けれどそれを言ったところで信用されるどころか不審がられるのは目に見えているので、結局は「何も知らない」のだ。

『…もぅ』

いつ何が飛んできてもいいように構えるが、中々相手も動かないので溜息を吐きながら足元に刺さったナイフを抜き取る。
派手な装飾のないシンプルなデザインに好感は持てるが、***の手には余る重さにほんの僅かに顔を顰めた。
そしてこちらにも武器があるとアピールしながらゆっくりと顔を上げ、周りに視線を走らせる。

「あっ!こら、返せよ!」
『…投げたのそっちじゃない』
「普通拾い上げるとか思わねぇだろ!」
『……』

じゃぁ丸腰相手に投げないでよ。と喉まで出かかった言葉を飲み込んで、***は拾ったナイフを振り上げた。

『返せばいいんでしょ?』

いつかのナイフより重たいからと振り下ろす手に力を込めてナイフを投げつける。
まさか投げて返すとは思わなかったのか目を見開く2人に助走をつけて近づくと、そのまま地を蹴って飛び上がる。

「「なっ!?」」

慌てる2人を飛び越えて***はくるりと1回転して着地をすると、呆然とする2人から数歩距離を取り静かに口を開いた。

『…良かったね。私丸腰で。そんなにぼんやりしてたら2人とも死んじゃうよ?』

ね?と小首を傾げる。
それが挑発だと気が付いたのはビーストで顔を怒りに染め上げると手にしていた鞭を振り上げた。

「アンタ…!」
「姐さん!落ち着いて!あれ絶対お父様が言ってたターゲットの片方ッスよ!傷つけたらマズイって!」
「ちっ…!」

ダガーに指摘され、ビーストは振り上げた手を下ろす。
そんな2人に***は溜息を吐くと黙って走り出した。

「あ、姐さん!」
「なっ!あんな偉そうな口叩きながら逃げる気かい!」

後ろで喚く2人を無視して***は走る。
ターゲットが何の事か判らないけれど、少なくとも彼らが***を傷つける可能性は低い。
そう判断して***が向かったのは屋敷の正面玄関だった。

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