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「まずは綱渡りにございます」
そう告げたジョーカーの手の先。
設けられた天吊りの台に立つ一人の子ども。
「命綱などは一切なし、正真正銘の」
ジョーカーが全てを言い切る前に一歩綱へと踏み出した子どもはバランスを崩し、そのまま下へと落ちていく。
命綱がない状態での落下が導く結果はただ一つ。
シエル達の目の前て醜い音を立て、赤が飛び散り幼い命が終わった。
あまりの酷さにシエルが驚き、セバスチャンが嫌悪を露わにする。
司会のジョーカーですら何かに耐えるように俯く中、場違いな拍手が鳴り響く。
驚きシエルが音の発信源を見れば1人、男爵だけがショーを楽しんでいた。
「お次は猛獣使い」
ジョーカーの言葉に死体が片付けられ、檻に入ったライオンが連れ出される。
威嚇するライオンとは対照的に鞭を握らされただけの子ども。
判り切った結末を前に男爵の笑い声と拍手の音だけがエスカレートの一途をたどる。
そしてプロとして司会者として逃げ出せないジョーカーの声でさらにショーは進んでいく。
「さあ!お次はナイフ投げ!」
片付けられた舞台の上、今度は仮面をつけた子どもの手には数本のナイフ。
少し距離を取って設置されたのは同じく仮面をつけた磔にされた子ども。
「磔の少女の運命やいかに!?」
ジョーカーの声と共に振り上げられた子どもの手からナイフが放たれる。
クルクルと回りながら真っ直ぐに少女を狙うナイフにシエルがハッとして、セバスチャンに止めるよう命じた結果、1pの隙間すらない距離を残しナイフはセバスチャンの手により止められた。
幸い命を取り留めた仮面を外された磔の少女は、セバスチャンの持っていた行方不明の子ども達のリストに上がっていた為、それが子ども達誘拐の動かぬ証拠となった。
「誘拐した子供たちを“そのまま”出演させる。なるほど、サーカスにはこのような楽しみ方もあるのですね」
少女が一命を取り留めジョーカーがホッとする中、今だ正気を失ったままの子ども達。
喜楽の声が1つも上がらないことに男爵がジョーカーに片付けるよう指示するが、シエルの声がそれを遮った。
「もう やめた。家畜にも劣るクズと同じテーブルにつく趣味はない」
「えっ、えっ、どうしたの?」
シエルの態度に狼狽える男爵。
シエルが静かに席を立ち、弾みで机上のワイングラスが波紋を描く。
「女王陛下への報告はこれだけでいい。
低俗で、醜悪で、変態な、最低の下衆は、番犬(この僕)が始末したと!」
靴音を鳴らし、男爵の傍まで距離を詰めたシエルが羽織っていたコートに手を伸ばす。
刹那、その意味を理解したジョーカーが動き、さらにセバスチャンが動いた。
瞬き一つの間に出来上がったのは男爵に拳銃を向けるシエル、シエルをステッキの仕込み剣で制するジョーカー、そのジョーカーを先ほど止めたナイフで制するセバスチャンと言う一方的な威圧の流れ。
「は…伯爵?」
事態が呑み込めず、米神に銃口を突き付けられたままの男爵は視線だけをずらす。
視界に映った自身に銃を向けるシエルの首筋に宛がわれたそれを見つけると、彼は慌てて大声を上げた。
「ジョーカー!!伯爵にそんな危ないものを向けるのはやめなさい!!」
「しかし」
「僕の言う事が聞けないの!?」
今、剣を下ろせばどうなるか。
反論しかけたジョーカーは自身の首に宛がわれた刃と異論を認めさせない男爵の声に不本意ながら、その手を下ろすとそのまま人質の様にセバスチャンに刃を首に宛がわれたまま、後ろ手に拘束される。
完全に場所の主導権を握ったシエルは銃口を向けた状態で男爵に子ども達の居場所を尋ねた。
「なー―んだ、あの子たちに会いたかったのか。地下にいるから、すぐ案内するよ。それに地下には君に見せたいものがあるんだ」
銃口を向けられている事を忘れているのか、はたまた怖くないのか。
ぐりんと音がしそうな勢いで顔を向けた男爵は問いかけを拒むことなく、あっさりと居場所を吐くと、何のためらいも無くシエルを地下へと案内し始めた。
「君と並んで歩いてるなんて夢みたいだ。…これであの子もいれば良いのになぁ…」
「あの子だと?」
「そう。1回だけ会ったんだ。でもあの子の住んでた所は全焼したらしいから、死んじゃったのかなぁ…」
残念そうに呟く声に“あの子”が***を指している事は明らかだが、今はそれを問い詰める事ではないと判断し、シエルはその話題を無理矢理打ち切った。
「…無駄口をたたくな。さっさと子供の所へ案内しろ」
「う、うん。ごめんね。でも嬉しくて」
怒られているというのに、男爵の顔には喜色が浮かぶ。
子ども達に車椅子を押されながら男爵は続ける。
「“あの日”から僕はずっと後悔してた。何故僕はあの日あの場所…君の傍にいられなかったんだろうって」
「あの日?僕の…傍?一体何の話だ」
「どれだけ後悔しても時間は戻らない。でも僕は気付いたんだ。戻らないならもう一度やり直せばいいって」
動揺を隠すシエルを無視し、辿り着いた先の扉を子ども達がゆっくりと押し開ける。
男爵の言葉とその先に見えたものにセバスチャンが僅かに反応する。
やがて開かれた扉の先に男爵が嬉しそうな声を上げた。
「ほら見て!
準備に3年もかかってしまった。さあやり直そう、ファントムハイヴ伯爵。3年前のあの日を!!」
3年かけて準備された場所にシエルは目を見開く。
その場所は忘れたくても忘れられず、消し去りたくても消し去ることの出来ない、まさに悪夢の日々を過ごした“あの”場所だった。
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