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『…さ、寂しかったのは本当…。いつ帰ってくるか判らないし…。帰ってきたけど、シエルの具合悪そうで不安だし…』
「……」
『…ぁ、ぅ…』
沈黙に耐えきれず、セバスチャンの肩口に顔を埋めて気持ちを誤魔化す。
呆れられただろうか、我が儘な子と思われただろうか、我慢できない子と思われただろうか。
何か言ってほしいけど、何も言わないでほしい。***の中でぐるりぐるりといろんな気持ちが渦を巻いていく。
「そんなに強く握られると皺になるのですが…」
不意に聞こえた声、一瞬何の事か分からず反応に困るが、その意味を理解した瞬間慌てて***は顔を上げた。
『へ、あ、わっ!ご、ごめんなさい…!』
「いいえ。…どのようにして欲しいですか?」
『え?』
ぱちくりと瞬きを一つ。
その間に***はセバスチャンの腕から床に下され、膝をついたセバスチャンを視線を合わす形になった。
「先ほど、甘やかしてやるべきだと言われましたので」
『……』
「***?」
黙ったまま返事のない***にセバスチャンが首を傾げる。
***はほんの少し、きゅっと眉根を寄せると困ったように口を開いた。
『あのね、ソーマに言われたの。もっと、我が儘を言ってもいいはずだ!って。でもね我が儘ってどういえばいいの?』
「……」
『その寂しいとかも…言っちゃえばシエルの仕事の邪魔になっちゃうでしょ?』
―だから、我が儘ってどう言えばいいか判らないの。
そう一際小さく***は呟くと再び黙り込み、セバスチャンも考え込む。
(我が儘を言えば迷惑をかけるとわかっている***に、我が儘を言えとは随分と無茶な事をソーマ様は仰る…)
しかしそれはソーマの目線だからこそなのだろう。
世話をする側からすれば、手がかからないから楽ないい子として扱える。
けれど世話をされる側からすれば、それは世話人にとって都合のいい子…とでも映ったのかもしれない。
最もそこまでソーマが考えたのか、それとも自分の過去と比べて言っただけかは不明だが。
「***」
静かに、しかしはっきりとセバスチャンが***の名前を呼ぶ。
ゆるゆると上げられた黄色い瞳を紅茶色の瞳がしっかりと捉えた。
「仮に我が儘を言ってもそれが無理して言ったものなら、***への負担となってしまうだけです。そのようなものは我が儘とは言いません。ですから、***は今のままでいいんですよ。分かりましたか?」
セバスチャンの問いかけに***はゆっくりと首肯した。
それを確認するとセバスチャンは立ち上がり、***の手を引いて歩き始める。
「少々遅くなりましたが、朝食に致しましょう」
『…はい!』
手を引かれ、笑みを浮かべた***に答えるようにセバスチャンもゆるりと口元を緩めた。
「…とは言ったものの、優しくして甘やかすですか…」
3時過ぎ、***のためにスイーツを用意したセバスチャンは一人暖炉の手入れを行っていた。
***も***だが、主人であるシエルもシエルだった。
そもそもあの幼い当主は優しさや甘さを求めるかと言えば答えはNOだろう。
ひとまず頭を切り替え火かき棒で灰を掻き出していると、電話のベルが着信を告げた。
「はい。タナカさん?はい、…はい。かしこまりました。お伝えしておきます」
要件を控え、受話器を置く。
振り向き間際に視界に映りこんだ影にセバスチャンはその名前を口にした。
「***?」
名前を呼ばれ、少し躊躇いがちに***がセバスチャンの下へと駆け寄ってくる。
『お電話?』
「ええ。本邸のタナカさんからですよ」
『タナカさんから?…何かあったの?』
「いいえ。エリザベス様がいらしているので、早くお戻りくださいという電話ですよ」
『リジーが…。…ねえ、セバスチャンさん?』
「なんでしょうか?」
妙な予感がする、と思っても口に出さずセバスチャンは***を促す。
そして***から告げられたのはある意味予想通りの言葉だった。
「それは本心ですか?それとも義務感に駆られてですか?」
『ううん。そう思ったからなの。だって、ね…』
ポツリ、ポツリと告げられた言葉になるほど、と思う。
そしてシエルからの命令をざっと思い出すが特に命令違反にはならないだろう。
「では手配いたしましょう。ご用意できたらお呼びしますね」
その言葉に***は諸手を挙げて大喜びして、パタパタと部屋へと戻っていった。
「…やっぱり気にしているんでしょうか?」
残されたセバスチャンは小さくなっていく背中を見つめながら首をかしげた。
今夜に END
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