(2/3)
「……、…え?」
至って正常な反応だろう。
ステッキを片手に出かける準備万端なシエルは扉を開けた先の光景にそう声を漏らした。
仁王立ち、まさにその言葉がぴったりなアグニの後ろから不敵な笑い声が響き、シエルの眉間に皺が刻まれる。
「甘いぞシエル
俺が守っているこの街屋敷から簡単に出られると思うなよ!!」
にょきっとアグニの後ろから姿を現すソーマ。
彼はアグニと扉の隙間を潜り抜けながら尚も言葉を続ける。
「お前は絶対に風邪を引いている。それをこの屋敷の総督であり、お前の親友である俺が見過ごすワケにはいかん!」
「誰が親友だ。ふざけた事を言うな」
『シエル、風邪ひいてるなら休まないと…』
立ちはだかるソーマを避けるシエルだが、その先で待っていた***に一瞬シエルの足が止まる。
しかし無言でシエルは***の横を通り過ぎてしまう。
『シエル!』
「あっ!アグニ!!絶対にシエルを通すな!!」
「御意のままに」
慌てる***とソーマの命令でアグニが構えた。
「いいか、お前ら…。僕には仕事がある!
お前らの遊びに付き合っているヒマはない!
そこをどけ!!」
『あ、遊びじゃないもん!』
「そうだぞ!病人はベッドで看病されるのが仕事だ!!」
「僕はお前らとは違う!これくらいの…ッ!」
声を荒げたせいで激しく咳き込み始めてしまったシエルにアグニが駆け寄る。
その耳に聞こえるのは苦しげな呼吸音。
「シエル様、どうかベッドにお戻りください。
その呼吸音は喘息特有のもの、大丈夫なハズがありません!」
肩を掴み説得するアグニだが、言い当てられた事に対してか貴族としてのプライドからか、シエルはその手を跳ね除ける。
そして咳き込みながら、今まで事の様子を見守っていたセバスチャンに命令を下した。
「こいつらをどかせろッ! ゲホッゴホッ!」
「かしこまりました」
『…ぇ』
何のためらいもない返事にソーマと***が慌てる中、アグニだけがその拳をきつく握りしめた。
「セバスチャン殿もセバスチャン殿です!!
それでもシエル様の執事ですか!?」
「―――――え?」
僅かに間があってのセバスチャンの反応。
アグニの近くにいたシエルたちも突然の声に驚いているが、アグニは言葉を続ける。
「同じ執事として…いえ、友人として言わせて頂きます。
ご主人様のお体こそ第一!今回はたとえ命令違反だとしても、シエル様の体調を想い、辛くともお止めするべきだと思いませんか。
ご主人様にいつも朗らかで健やかにいて頂く、そのために命をかける。
それが、執事の美学というものではないのですか!?」
アグニの熱弁に僅かに目を見開いた後、セバスチャンはゆっくりと口を開いた。
「主人の望みを叶えるのが、私の役目だと思っているのですが…
確かに。そのような考えもあるかもしれません」
ふむ。と顎に手を添えての発言に当然反応するのはシエルだった。
「おまッ…何をしている、僕の命令がッ!?」
「そうと決まれば病人は寝ろ」
ぐいっと引っ張られ、見上げた先には満面の笑みのソーマ。
俺が直々に看病してやる!の言葉と共にあれよあれよとベッドの上に連れ戻される。
「アグニ!粥と薬湯だ!」
「勝手に…っ」
「かしこまりました」
「シエルの執事は寝巻きを出せ!あと氷枕もだ!」
「はい」
「おいっ!」
『あ、私は?』
「***?!」
「そうだな…。アグニの手伝いをしてくれ!」
『はいっ!』
がらりと変わった空気に嬉しそうにしながら***は先に部屋を出たアグニを追いかけるように部屋を出て行った。
「…どうして***まで…」
「何だ?着替えを見せたかったのか?」
「なっ!?そんなわけないだろう!?」
「じゃぁ部屋から出る口実がいるだろう?」
何をそんなに慌てるんだ?とでも言いたげなソーマにシエルは黙りこむ。
ソーマなりの配慮のようだが、それに気が付かない程頭が回らなくなっていたらしい。
そのまま寝巻きに着替えるとしばらくしてアグニが粥を、***が危なっかしい手つきで薬湯をそれぞれトレイに乗せて戻ってきた。
「…苦い」
『…おいしい薬なんて聞いたことないよ?』
今だけはベッド元で小首を傾げる***が憎たらしく思ってしまう。
ただその顔が妙に苦々しいのは自身の表情につられてか、それとも味見をしたからなのかは判らないけれど。
「僕は忙しいと言っているのに…」
「色々と分かってきた事ですし、彼らの言う通り今日位お休みになられてもよろしいのでは?」
咳き込みながらベッドに入るシエルの額にセバスチャンがそっと手を伸ばす。
「嗚呼、熱がこんなに…。全ては明日に致しましょう」
すべては END
<< >>
《目次へ》