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翌日。
随分と騒がしい声に***は目を覚ました。
『…なんなの…?』
まだ寒さが残るせいであまり寝起きの機嫌は良くないが、外も気になるのも事実。
暫くベッドの上で考え込んだ後、着替えもせずに***は扉を開けて外の様子を伺った。
『…あれ?』
バタン、と少し乱暴な音を立てて閉まった扉の先。
見間違いでなければ、あれはシエルの部屋ではないだろうか。
でもこんなに早く帰ってくるはずがないのに?と***が首を傾げているとやや控えめな足音が反対側から近づいてくる。
その足音の主は***の姿を見つけると、部屋の前で足を止めた。
「起きてたのか?!」
『…さっき。起こされたの。おはよう』
足音と同じく控えめな声量での問いかけに僅かな皮肉を乗せて***はお返しする。
尤もそんな皮肉など原因であるソーマには届くはずなく、本人は起こされたのか?と首を傾げるがすぐに慌てて***の肩を掴んだ。
『ちょ?!』
「そうだ、シエルと執事が帰ってきたんだ!」
『…え?』
「だが様子がおかしいんだ。俺たちはシエルの部屋の前で待ち伏せをするから、お前も早く着替えて来い、いいな?」
『う、うん!』
矢継ぎ早に***に伝えるだけ伝えると、ソーマは再び出来るだけ足音を消してシエルの部屋へ向かっていった。
その背を見送り、扉を閉めると***はズルズルとその場に座り込んでしまう。
『な、何があったのかな…様子がおかしいって…。でも、シエルとセバスチャンさんだし…』
「解決したから本邸に戻るぞ。早く帰りたい」そう眉間に皺を刻むシエルの後ろでセバスチャンが苦笑しながら「ただ今戻りました」と挨拶をしてくれる。そんな光景を想像していたのに…。まさかサーカスで何かに巻き込まれて大けがをしたとか?
ぐるりぐるりと考えが頭の中で渦を描く。と、そこまで考えて、***はふと顔を上げた。
『…血の匂いは…してなかった…』
そうさっき覗いた廊下はいつも通り。
いつかの時のような匂いは漂っていなかった。
『…じゃぁ怪我はしていない?』
1つでも可能性が消えれば幾らか気持ちが楽になる。
そのまま***は立ち上がり、適当な着替えに手を通すと極力音を立てないように部屋を出る。
そしてシエルの部屋の方向を向けば気が付いたらしいソーマに「こっちに来い!」と言わんばかりに手招かれた。
『…何してるの?』
「見ればわかるだろう、通せんぼだ」
『だからって…』
ひそひそと言葉を交わす視線の先。
扉の前で体を大の字にして道を塞いでいるアグニ。その顔は何人たりとも通さないという意気込みが表れていてソーマからの命令だという事を抜きにしても、心配しているのがよく判る。
そんなアグニからソーマに視線を戻すと***は疑問を口にした。
『あ、そうだ…。様子がおかしいって…?』
「ん?あぁ。どうもシエルがな、あれは風邪をひいてるんじゃないか?」
『風邪…?』
「俺もよく見ていなかったが、咳き込んでいて顔が赤かったんだ」
『…そう…』
…怪我じゃなさそうで良かった。
不謹慎だけれども、ほっと胸をなでおろす。
けれども風邪かもしれない、と分かった今、別の不安が浮かび上がる。
『…絶対…出かけるよね』
「そう思って、ここにいる」
『…あははは』
シエルが体調を崩したからと言って、大人しく部屋で休むとは考えにくい。
それにシエルの命令に絶対なセバスチャンがシエルを休ませる…というのもさらに考えにくい。
そうなれば2人が部屋から出てくるのは想像に容易く、***の呟きはあっさりとソーマに肯定される。
乾いた笑いを零す***。それを遮るように3人の耳にカチャリとドアノブの動く音が届いた。
「……、…え?」
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