no title | ナノ


(2/4)

『あ、違う!ナイトじゃないから他の駒飛び越えちゃダメ!』
「そうか?こいつが飛び越えられるんじゃなかったか?」
『それビショップ。僧侶。ナイトは馬の形してるそっち』
「え、あぁそうか。馬に乗ってるから、飛び越えられるんだったな」
『うん、そう。だから駒戻して、もっかいね』

***の言葉にソーマは頷きながらビジョップを元の位置に戻す。
そのまましばらく考えた後、躊躇いがちにピジョップを動かした。

『正解。でもね、その場所だと…』
「しまった!待ってくれ!もう1回!」
『ダメ』

コンッと***のルークがソーマのピジョップを転がした。

『ね?相手の駒の動きも考えなきゃだめ。…シエルに言われたことだけどね』
「ぬぐぐぐ…。けど、まだ戦えるよな?!」
『え?…うーん、たぶん大丈夫、じゃないかなぁ…』

盤上の駒を眺め、不安げに***も首を傾げる。
生憎、シエルほどチェスに精通しているわけではないので、今後の戦局予想が想像つかない。
そもそもシエルは色々な高度な技を使って、あっという間に勝ちを浚っていくが、***にまだそんなスキルはない。
むしろこうやって人に教えていると「あれ?間違ってないはずだよね?」と不安になってしまう程度のレベルなのだ。

『…本邸に戻ったら、シエルから借りた本読み直そう…』
「ん?なんか言ったか?」
『なんでもない。で、次考えたの?」
「おう!ここから逆転してみせるぞ!」

腕を上げ、やる気十分なソーマに苦笑いしながら***はチェスのHowTo本の内容を思い出す。
基本ルールはやっぱり間違ってはいないようなので、一安心。
ただあくまでテンプレートの内容しか書いてないので、実際に対人で内容と違う盤上の動きになると不安が拭いきれない。

(…やっぱり読むのと実践するのは違う…)

攻めに転じたソーマの駒の動きを読み、自身の駒を回避させる。
再び盤上を見ながら唸り始めたソーマを視界から外し、ぐるりと部屋を見渡す。

『…なにしてるのかなぁ…』

いつもだったら「へたくそだな」とか言いながらシエルが覗き込んできたり。
頃合を見計らったセバスチャンが「そろそろ休憩されては?」とか言いながらお茶を持ってきたりするのに。
短期間で帰ってくるはずないと理解していても、気が付いたら目と耳がいない2人を探していた。

「なぁ」
『…』
「おい!」
『え、あ、何?』
「俺は終わったから、次は***だぞ」

見ればソーマは自身の駒を動かし終わったらしく、その変化に***は眉を顰めた。

『…あれ?もしかして』
「この場所にあったポーンを取ってみたぞ!…ま、間違ってないよな?」
『うーんと…うん、大丈夫』
「よし!この調子でキングを取ってやる!」
『えー?じゃぁ私も狙いに行こうかなー…』

出来るかわからないけど、と内心呟きながら勝ちを奪うための算段を練って、***は駒に手を伸ばした。





















『…はい。チェックメイト』
「あぁぁぁぁぁぁ!?」

隅に追いやられたソーマのキングの前にトン、と***のクィーンが立ちはだかった。


『発想は良かったんだけど…。逃げる方向逆にすればよかったね』
「でもそっちに逃げたら、***の駒が多かったからな」

決着のついた盤上を悔しそうに眺めながらソーマは呟いたかと思えば、いきなりその盤上をぐしゃぐしゃにしてしまった。

『あ』
「もう1回勝負しろ!!…と言いたいけどな。本気で勝負してくれないんじゃ面白くない」
『…え?』
「何だ自分で気が付いてなかったのか?俺が考えている間、***はずっと盤じゃなくて、部屋を見ていた」
『……』

言われてみればそうだったかもしれない。と何も言い返せないまま***が黙り込んでしまう。
せめて謝らないと。と思い口を開くより先にソーマが呟いた。

「いきなりいなくなれば不安だし、寂しいよな」
『あ、と…』

それは誰の事と?と聞く必要はないだろう。
けれど彼の思い出したくない事を思い出させてしまったかと***は焦る。

『え、っと…あの、ね』
「無理しなくていいぞ。帰ってきたらシエルたちに言ってやれ。「寂しかった」って」
『え、でも…』
「それぐらい言ったって構わないだろ。俺は***とそんなに長い付き合いじゃないが、***は我儘を言わなさすぎる!もっと我儘を言っていいはずだぞ!」
『けど…』
「でももけどもない!いいか?ちゃんと寂しかったって言うんだぞ?!」
『う、うん…』

ガシッと音が出そうな強さで肩を掴まれ、勢いに呑まれた***はぎこちなく首を縦に振る。
それに満足したらしいソーマは肩を掴んでいた手を離し、***にくるりと背を向けた。

「そういえばチェスに夢中で腹が減ってきたな。ちょっとアグニに何か作らせてくる」
『え、あ、うん』

呆気にとられたまま、***はソーマを見送る。
直後、我に返った***は散らばったままのチェスの駒を見つめて呟く。

『…言ってくれるけど…。我儘ってどう言えばいいの?』

現状に不満があれば我儘も出てくるかもしれない。
逆を言えば現状に満足している***に不満は?と尋ねられてもすぐには出てこない。

『…お留守番も多分、その方が良いからだろうし…』

うぅん?と首を傾げるが、我儘という物が思いつかない。。
尤も少し寂しいのは事実なのでとりあえず『帰ってきたら言ってみようかな』で***は結論を出した。

<< >>

目次へ

[ top ]