no title | ナノ


(2/4)

パタム、と扉が閉ざされる。

『…』
「…」

閉じた扉を黙って眺める***とセバスチャン。
その後ただ待っていることに飽きた***は読みかけの本を取りだし、近くにあった墓石に腰を下ろす。
しかし中々集中することが出来ないまま、日が暮れてしまい読書も断念されてしまう。

『…まだ?』
「まだですねぇ」

覗こうとしたら当然セバスチャンに止められてしまい、手をつながれた状態で***は呟く。
セバスチャンは命令と言われたらいくらでも待つのだろうが、***はそうもいかない。
暗くなって本も読めないし、お腹も空いて来たし、何より背負ったビターラビットのリュックが重くなってきて立っている事が疲れてきた。

『う〜…』

やがて空が次第に闇に染まり始め、カラスが鳴くような時間になった頃。
疲れて眠くなって次第に下がってきた瞼を擦って誤魔化す。
それを繰り返すこと数回。

「…」

見るからに落ち着きのなくなってきた***を一瞥するとセバスチャンはほんの一瞬思考を巡らせる。
そして***に向き直り、片膝をついて両手を伸ばせば***の体は吸い寄せられるように倒れこんできた。

『…ねむたい…』
「お疲れ様です」
『…おわったら…おこしてほしいの…』
「かしこまりました」

耳元で囁くような小さい声に返事をすれば、すぐに***の体から力が抜ける。
重たくなった***を抱え直しながら空を見上げれば、すでに空は完全に闇に染まり家屋の屋根から僅かばかり月が顔を覗かせ始めていた。

それからさらに時間がたち、月が闇の中で輝きだした頃。
***の寝息に紛れてしまいそうなほど小さな吹き出す声がセバスチャンの耳に届いた。


「…」

開いた扉から中を覗けば、終わったことに間違いないらしく。
息の荒いシエルと笑いのツボに入ったのかプルプルと震えている葬儀屋の姿があった。

「ふぐっ…あのファントムハイヴ伯爵があそこまでするなんてね〜〜〜」
「一体何をしたんです?」
「聞くな」

眠っている***を片手で抱き直し、セバスチャンは所々乱れたシエルの髪を整える。

「しかし女王の為なら芸もこなして見せるとは。本当に犬ですね」
「五月蠅い、黙れ」

称賛と言う名の嫌味にシエルは不機嫌を隠しもしない。
そんな険しかった目つきはセバスチャンの腕に移ると僅かに見開かれた。

「なんだ…寝てるのか」
「えぇ。坊ちゃんがあまりにお時間をかけていらしたので」
「あ〜〜本当だねぇ〜〜。よく寝てるねぇ…」
「…チッ」

舌打ちするシエルの横で笑いのツボから復活した葬儀屋がセバスチャンから***を受け取り、自身の定位置に戻る。
両手の空いたセバスチャンは芸の為に乱れたシエルの着衣を整えにかかった。

「…。さあ報酬は払ったぞ。子供達について教えろ」
「いないよ」
「は?」

予想すらしていなかった答えにシエルとセバスチャンの目が点になる。
そんな二人を余所に葬儀屋は渡されたままの資料をつまみ上げた。

「小生のお客さんにこの子供はいないし。裏社会での噂も聞かないねぇ」
「つまりこの事件については何も知らない?」
「そんなことないさ。“知らない”ということを知ってるよ」
「騙したのか?」
「騙してないさ」
「確かに。貴方が知らないという事は子供達が裏社会で殺された事実がないという事」
「表でも裏でも死体が上がっていないとなれば、子供達は生きている可能性が高いな。
 例のサーカス団を直接調べるしか道はないという事か。そうと決まれば行くぞセバスチャン。
 葬儀屋、何か情報が入ったら連絡をくれ」
「伯爵」

次の行動に移るため、店を出る支度を始めたシエルに葬儀屋が声をかける。

「魂は一人ひとつ。大事におしよ」
「?そんなことわかってる。それより葬儀屋」
「なんだい?」
「…いつになったら***を返すつもりだ?」
「なんだ、そのまま出ていくと思ったんだけどなぁ」
「出ていくか!」

どこか既視感を覚える会話と共にセバスチャンが葬儀屋から***を預かる。

「…***の前でもそんな顔するのかい?執事君」
「……」

尋ねられた問いに答えないままセバスチャンは葬儀屋に背を向ける。
小声で交わされた会話はシエルの耳には届いていないので、シエルも何も知らないまま店を出て行った。

「伯爵はそんなことわかってると言ったけど、ほ〜んとかなぁ〜〜〜。
 それにしたって***も、だんだん表情豊かになって…手放さなきゃ良かったかなぁ…」

葬儀屋の脳裏に拾ったばかりの***の姿が過る。
手元に置いていたのはほんの数週間だけど、あんなに驚いたり心配したりと表情を見せる子ではなかった。
それが経緯は知らないが、シエルの元に辿り着き来るたび来るたび随分と知らない表情を見せてくれる。

「…小生、そういう趣味はないんだけどねぇ…?やっぱり寂しいというかねぇ…?」

誰に問いかけるわけでもなく、閉められた扉を眺めながら一人葬儀屋は呟いた。

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