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「#エロ」のBL小説を読む
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(2/6)

『…良い?』

食後シエルに呼び出され、彼の部屋の前に***はいた。
控えめにノックをした後、耳を澄まして聞こえた声に少し開けた扉の隙間から中を伺う。

「何してるんだ、普通に入ってくればいいだろう?」
『あ、うん…』

言われて部屋に一歩踏み込む。
シエルは机上の書類を乱雑に端に寄せると、勢いに任せて椅子に体を預け***と目を合わせた。

「今日はすまない。いつも以上に不自由を強いるな」
『…良いよ。シエルは悪くないもの』
「夕食はメイリンにでも部屋にもって行かせる。何かあればベルを鳴らせ、誰かは空いてるはずだ」
『うん、わかってる』

それだけの短い会話を交わし、***はシエルの部屋を後にする。

『…何しよう』

背中を伸ばしながら考える。
1時間や2時間なら少し分厚い本を読めばあっという間に過ぎてしまうけど、午後のほぼすべてを部屋で過ごすとなれば話は変わってくる。
安直な解決策は睡眠だけど、さすがに午後すべてを寝潰せるだけの自信は***にない。

『ぬぬ…』

考え込みながら当てもなく屋敷の中を歩き回る。
でもそろそろ時間なら部屋に戻らなきゃ、と顔を上げた先。
穏やかな笑みと目が合った。











『…おもち!』
「ほっほっほ、焼けたらいかがですか?」
『い、良いの…?』
「もちろんですぞ」
『わぁ…!!』

ぷくりと膨らみ始めた四角い餅を見つめていた***の目がキラキラと輝く。
***の前に現れたのはタナカで「お暇でしたら」と***を連れてきた先。
普段使用人たちの集う部屋で座布団を2枚用意していたタナカは1枚を***に勧める。
そしてシエルから、恐らく***が暇を持て余すだろうから相手をしてやってほしいと頼まれていると告げた。

『…迷惑じゃない?』
「迷惑だなんてそんな事ありませんよ。***様こそ、こんな老いぼれの話し相手は迷惑ではありませんか?」
『そんなことない!そんなことない!』
「ほっほっほ、それと同じことです」
『あ…』

タナカの言葉に***の顔にも自然と笑みが浮かぶ。
それにつられるようにタナカの笑みもまた一つ深くなった。

「ところで***様。ここでの暮らしはいかがですか?」
『あのね、すごく幸せなの。もしもココにいなかったら今頃私はどうなってたのかな?って想像つかないぐらいなの』

あの日、黒猫の彼女に連れられ森の中を走り、セバスチャンとシエルに出会った。
まだ市場に出回っていない試作品のビターラビットのアイディアを出したのがきっかけで住む場所を与えてくれた。
なくした記憶を思い出しても出て行けとは言われず、反対にココにいろと言われた。
それが仮に言葉一つで人を簡単に殺める殺人の道具になってしまう***を敵に回したくないという理由だけだとしても、***には十分すぎる言葉。

もしもあの時「お前のような危険な奴はこの屋敷に要らない」と追い出されていたら?
このイギリスに行くあてを持たない***は路地裏で野垂れ死んでいたかもしれない。
それともどこか裏社会を生きる人間の道具として今、この瞬間人を殺めていたかもしれない。
それよりもシエルと敵対していたらと考えれば、ぞっとしてしまう。

そんな恐ろしい可能性が、ココにいる限りはありえない現実になっている。

『…だからね、ここで暮らせるのが…すごく幸せなの』

かつてプレートがあった場所を強く握りしめる。
自身の走馬灯劇場を破るために投げたプレートは今、部屋のサイドテーブルの引き出しの奥に仕舞われている。
血に汚れてしまったのも理由の一つだけど、自分が何なのかがわかった今は縋る物としては不要だから。

「…そうですか。それは嬉しい言葉です」

まるで孫を見るような優しい目でタナカはそっと***の頭を撫でた。









(お部屋にいらっしゃらないと思ったら…こちらでしたか…)

扉越しに話を聞いていたセバスチャンは安堵のため息を吐く。
主人に来客がある今日、ほかの使用人たちのミスを客人に悟られるわけにはいかない。
さらに夕方からの客人は特別なので、その件ですべきことがあるからとセバスチャンは静かにその場を後にした。


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