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「どうやら一件落着の様ですね」
場を纏めるように柔らかい声が響く。
その声の主は勿論女王陛下、彼女は笑みをたたえたまま続ける。
「よかったわね、ぼうや」
・・・ぼ・う・や?
聞き間違いではないかと、その場にいた皆が自分の耳を疑う。
しかし顔を真っ赤にするシエルに聞き間違いでなかったと確信する。
「へっ、陛下。その呼び方はおやめくださいといつも・・・」
「あらあら、そうだったかしら?でもぼうやは私にとってはずっと可愛いぼうやだわ」
「陛下ッ!」
悪の貴族と名高いファントムハイヴ家当主とは言え、英国を統べる女王陛下には敵わないらしい。
背後で笑いを堪える使用人達の頭にシエルの容赦ない拳が飛んできたのは言うまでもない。
そのまま場を誤魔化して取り繕うようにシエルは咳払いを一つ。
「陛下、今回は何故このような所へ?」
「今日は聖ソフィア学園の聖歌隊コンサートを見に行くところだったの。
だけどぼうやの会社がカリー品評会に出るというから、ぼうやに会いに来たのよ。
いつもお手紙ばかりであまり会えないものね」
「・・・僕のような者が、あまり陛下にお目にかかる訳には・・・」
被っていたシルクハットを脱ぎ、僅かに俯きシエルは視線を陛下から反らす。
そんなシエルに陛下は視線の高さをあわせると、シエルの頭にゆっくりと手を伸ばす。
「そんな言い方なさらないで。
ぼうやは小さいのにお父上の様に立派にお勤めを果たしているわ」
本当に幼子を褒めるように、笑みを崩さずに陛下はシエルの頭を撫でる。
それを少し複雑な表情でシエルは黙って受け入れる。
「後・・・ぼうやが来ると言う事は、きっと“あの子”も来ているのでしょう?」
笑みも声の様子も変わらない。
けれどもシエルは僅かばかりの変化に気付き、顔をあげた。
そして陛下は周りを見渡し、使用人達のその後ろの一点を見つめて微笑んだ。
「そこの・・・貴女、ね?」
『・・・え』
確認ではなく断言する言葉と視線に***はうろたえる。
何事も無ければいい、と思っていたのにまさか向こうから振られるなんて予想にもしていなかった。
いらっしゃい、と手招きされて使用人達が自然を左右に分かれる。
たかだが数mにも満たない距離なのに、絶対的な通路が出来上がり***は恐る恐るその道を踏み出していく。
「そんなに怖がらないで頂戴。何もしないわよ」
『・・・』
柔らかい包み込むような笑み。
普通の人であれば気を許すような笑みも***にとっては恐怖以外何でもない。
踏み込んだが最後、戻ってこれなくなるような・・・そんな錯覚を覚えてしまう。
「さぁ顔を見せて頂戴」
『・・・はい』
気が付いたらもう目の前で、言われるがままに顔を上げる。
緩やかな弧を描く目は何を思っているか***には判らない。
ただ気が付いたら優しく頭を撫でられていた。
『え、と・・・』
「うふふ。可愛い子。幸せね、“ぼうや”に拾われて。それに安心したわ綺麗な目をしてる」
反応に困る中、不意に耳元で囁かれた言葉に***はその場で動けなくなった。
「これが貴女、“ファントムハイヴ家”に拾われていたらどうなっていたかしら?」
『―・・・っ!!』
確実に***が何であるかを判っていての口ぶり。
女王陛下、と言う存在の大きさを思い知らされた瞬間だった。
「そうだわ、貴女お名前は?」
『ぇ、ぁ、***・・・です』
「そう。***、ね。いい名前だわ」
名前を聞いて一層笑みを深くした陛下はゆっくりと***から距離を置く。
そしてぐるりと会場を見渡した。
「それにしても、水晶宮(クリスタルパレス)に来るのは本当に久しぶり。
アルバートと一緒に迎えた万博の開会式が昨日のことのよう・・・
アルバートォォォ〜〜〜〜〜今日も一緒に来たかったああ〜〜」
『!!』
ズシャッとその場に泣き崩れてしまう女王陛下。
さっきまでと別人のような雰囲気に***は反射的に一歩後ずさってしまう。
「いけない。そろそろ出発しなくては・・・。今度、侍従長事務所に英国王室御用達の認定書を送らせるわね
王室のサロンでカリーパンを頂くのを楽しみにしています。
ぼうやもお遊びは程ほどにね。***もまた会いましょう」
馬の手綱を繰り、登場時と同じ様に颯爽と駆けて行く女王陛下。
「・・・お前はいいのか?」
置いていかれた従者のジョンにシエルが声をかければ、彼は慌てて陛下の後を追いかけていった。
「・・・***。何も無かったか?」
『う、うん。ていうかあの人・・・走ってった・・・』
自分を心配してくれているシエルに***はちょっと引きつった笑みで答える。
そんな***にシエルは何か言いたそうな表情だったが、ここで問うべきではないと判断したのか何も聞いては来なかった。
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