no title | ナノ


(3/4)

「私が・・・負け・・・た・・・」

勝者がいれば敗者がいる。
どこかで勝利を確信していたアグニは決定した結果を受け入れられずにいた。

「アグニさん・・・だったかしら?
 貴方のカリーも決して味では負けてはいませんでした
 ワイト島の宮殿でゆっくりと頂きたいカリーでした」
「勿体無い・・・お言葉です」

女王陛下からかけられた労いに返す言葉を選ぶことすら精一杯。
すぐ下の壇上でも計画が丸つぶれになり、品評会前の自信はどこへやら顔面蒼白でよろめくハロルドの姿。
そのハロルドを「だんな様」と呼び、駆け寄る女性の姿にソーマは大きく目を見開いた。

「ミーナ!!?」
「え・・・?ソーマ・・・様・・・?」

それはインドを飛び出し見知らぬ地でひたすら求めていた探し人そのものだったから。
思いがけない再会にミーナと呼ばれた彼女も足を止めてソーマに向き直る。
周りはただその行く末を見守るだけ。

「やっと・・・見つけた・・・!!ミーナ・・・!!
 捜していたんだぞ!ずっとずっと、お前が英国に連れ去られてどれだけ心配したか
 やっと・・・やっと会えた。もう心配いらない、一緒に城に帰ろう!」
「王子・・・っ」

感情が高ぶって思わずミーナを抱き締めるソーマとそれを拒まないミーナ。
まるでドラマでも見ているような感動の再会シーンだが事は上手く運ばない。

「馬っ鹿じゃないの?」
「え・・・?」

その綺麗な顔を歪ませてミーナは叫ぶ。

「こんなまで追って来て人の邪魔して、何様のつもり!?
 一緒に帰る?笑わせないでよ、誰があんな所に帰るもんですか」

公衆の面前だと言うのに声を荒げるミーナ。
言葉一つ一つがソーマに突き刺さっていく。
その光景に耐え切れず、膝をついたアグニにセバスチャンは言葉をかけた。

「・・・・・・貴方は・・・“これ”を隠したかったのですね」

けれども隠しておきたかった事実は今、陽の下に晒されてしまった。

「一生を身分階級に縛られて生きていくなんてごめんよ
 折角インドから抜け出せたっていうのに!」
「じゃあお前は望んでウエストと・・・」
「そうよ。ただの召使いと金持ちの妻、どっちがいいかなんて子供でもわかる。
 それにね。我が侭なアンタの面倒を見るのはもうたくさん!!」

トドメと言わんばかりに放たれた最後の言葉。

「う・・・うう・・・っ」

―王子にだけは、あんなに必死にミーナを探していた王子だけには、この事実を知らせたくなかった・・・!!

血涙を流すアグニの脳裏には、ハロルドに寄り添い駆け引きを持ち出すミーナや満面の笑みを浮かべるソーマの姿が過ぎる。

―純粋な王子がミーナの本性を知ったら、王子は・・・王子は―――!!

きつく目を瞑り最悪の結末を思い浮かべたアグニの思考を遮るようにソーマの声が響く。

「――そうか、悪かった」

思いがけない言葉にアグニは目を開き、そのまま続く言葉に黙って耳を傾ける。

「あんなに一緒だったのに、俺は少しもミーナの気持ちをわかってなかったんだな。
 ミーナの迷惑も考えず英国まで追いかけて来てすまなかった。それから・・・
 今までありがとう」

声を荒げることをせず、ただ淡々と紡がれた言葉。
そのままソーマはミーナの横を通り抜け、シエルの前も通り過ぎる。
その刹那、観客側にいた***に一瞬だけ口元だけの笑みを見せた。

『・・・?』

困惑しながら***が首を傾げる間にソーマは1段、まだ1段と壇上を登っていく。

「俺は今まで他人のせいにばかりしてきた。
 宮殿に独りなのは親父殿と母上のせい、ミーナがいなくなったのはウエストのせい、だけど違ったんだ。

 温室育ちで、親のスネかじりのくせに、文句ばかりのおれのせいだったんだ
 そんなガキ、誰も愛するわけがない。だけど・・・」

セバスチャンの前も通り抜け、ソーマの足はピタリと止まった。

「だけどお前はこんな俺の傍にいてくれたんだな、俺から離れてもずっと。
 今まで苦労ばかりかけてすまなかった

 また俺の傍で、俺の執事でいてくれるか?アグニ」

名前を呼ばれ、顔を上げたアグニの目の前には一つ成長したソーマの姿。
既に返す言葉は一つしか持っていないアグニは差し出された手を握り締め、涙を流しながらその言葉を口にした。

 ジョー アーギャー
「御意のままに・・・」




賞杯の行方 END

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