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「おい、もうじき発表・・・何があったんだ?」
「なんでもないよ、仲良くなっただけさ」
藍猫と***が手を繋ぐ、と言う光景にシエルは不思議そうな表情を浮かべる。
まだ両者が笑顔ならともかく、片やいつもの読めない表情だし、片や随分と困惑した表情と言うのが謎を呼ぶ。
とりあえず***に手招きをすれば、繋がれた手はあっさりと離れ***は半ば転がるようにシエルの元へと飛び込んできた。
「何かあったのか?」
『ううん。はぐれないようにね、手繋いでもらってたの』
「そうか」
ふにっと小さく笑う***にシエルはそれ以上問いかけない。
何が都合が悪いなら視線を反らすだろうし、そんな事を追求している暇は無かった。
「はじまるぞ」
その言葉に皆壇上へと視線を向ける。
中央にはトロフィーを手にした司会者。
「お待たせ致しました。話し合いを重ねた結果、此度の品評会の優勝者は―・・・」
一瞬の間。
その間に勝利を確認した者、神に祈る者、結果を見届けようとする者。
様々な思いが交錯する。
そして司会者のトロフィーを持つ手が大きく振り上げられる。
「ハロルド・ウエスト社、ファントム社
両者の同着優勝とさ・・・」
不意に途切れた言葉。
スパァァンと風を切る音がして、彼が手にしていたトロフィーは一瞬にして無くなった。
困惑しながら掴んでいたものが無くなった手を見つめる司会者。
その無くなったトロフィーは乱入者の手の中に。
「お待ちを」
ざわめく場内にその声は静寂をもたらした。
「その勝・・ぶ」
しかし後ろから駆けて来た馬に踏まれ、その静寂は再び掻き消される。
馬を繰っていたのは派手なサングラスが印象的な一人の婦人。
「誰だ?あのファンキーなバァさん」
「あれは・・・」
喧騒に紛れ、バルドが素直な感想を零す。
そんな中、心当たりがあるらしく呟く劉の横をシエルが走り抜けた。
「女王陛下!何故このような場所へ!?」
シエルの叫びに会場が隠しきれない驚きに包まれる。
そして女王陛下と呼ばれた婦人は馬上でサングラスを外し、柔らかな笑みを浮かべた。
「ごきげんよう、皆さん」
「「「女王陛下ぁあ!?」」」
『・・・っ!!』
“女王陛下”その単語とその存在に***は一人胸を押さえた。
『(大丈夫・・・だいじょうぶ・・・!!)』
―大丈夫、まだ自分がある
―ここで皆に迷惑をかけるわけにはいかない
俯き、目を瞑り深呼吸を繰り返す。
いくらか楽になり、顔を上げた***の目に飛び込んできたのは何故かその場で泣き崩れている女王陛下。
「アルバ―――トォオオ、このカリーも一緒に食べたかったぁああああああ」
『!?』
従者であろう先ほどの彼が手にしている人形に慰められている姿は一国の主には見えない。
その中で聞こえた劉の「女王様って結構キャラが濃いんだね」と言う声に***はこっそり同意してしまう。
やがて取り直したのか涙を拭いながら女王陛下が立ち上がる。
「この勝負、審査員として招待状を頂いた私にも一票はあるのよね?私が選ぶのは・・・」
トロフィーを手に一段、また一段と壇上を登る。
そして彼女はその1票を投じられる者―つまり勝者―の前で歩みを止めた。
「ファントム社の執事セバスチャン。貴方よ」
「な!!!?」
「!!!」
その結果に納得できないとハロルドが慌てて壇上を駆け上がる。
「な、何故です!?あんなカリーを詰めたドーナツより我が社のカリーが劣っていると!?」
大衆の前と言うことすら忘れ、女王相手に吼えるハロルドに女王はすっと会場を指差した。
「あれをご覧なさい」
その先に広がるはカリーパンを頬張り笑みを見せる子ども達とターリを相手に悪戦苦闘しながら食べる子ども達。
「わかりますか?
ナイフとフォークを使わないファントム社のカリーは誰にでも食べ易く・・・そう、子どもでも食べ易いように配慮されているのです。
誰にでも気軽に・・・富める者も貧しい者も大人も子供も平等に。その優しさこそが新世紀を目前に控えた英国には必要なのです。子供(未来)を大切にするファントム社の精神を私は評価したい。
よって、この品評会の優勝者をファントム社といたします!」
覆されない勝者宣言に一斉に会場は沸きあがる。
敗北が決定したハロルドはその場に膝をつき、アグニは言葉も出ないまま呆然とするだけ。
対して勝利が決まった側は賑やかさを惜しまない。
バルドもメイリンもセバスチャンへの声援を惜しまないし、いつの間にか試食場から戻ってきたフィニは笑顔でシエルにカリーパンを差し出した。
そこで初めて間近で見たカリーパンとフィニにシエルの脳裏でカリーパンが生まれた理由を理解する。
そして一人取り乱したものの、黙って結果を見守っていた***も安堵から長い溜息を吐き出して、精一杯の拍手を送った。
「おめでとうございます、セバスチャンシェフ!何かお言葉を!!」
かけられた声にセバスチャンの口が緩く弧を描く。
「私はシェフではありません。
あくまで執事ですから」
陽の差し込む会場内、勝者の声が響き渡った。
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