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そして翌日。
なにやら賑やかな音に目を覚まし、窓から外を覗き込んだ***はその光景に目を瞬いた。
『わぁー・・・』
袋につめられた色も形も香りも様々なそれら。
寝起きの頭とは言え、***はそれが昨日の話にあったスパイスだとすぐに理解出来た。
「あれ?***だー。おはよーございまーす」
「ん?あ、ほんとだー。***はお寝坊さんだねぇ」
「珍しいな、起きたのか?」
ぼーっと外を見ていれば、不意に顔を上げたフィニが***を見つける。
そのままつられて上を見上げる面々にまだ頭の働いていない***は小さく手を振って挨拶に答えた。
「まだ眠いなら寝るか?」
『んーん、おきるー・・・それ、スパイスー?』
「えぇ、そうですよ。劉様が買い付けてくれたものです」
「もー、***聞いてよ。伯爵ったら人使い荒いんだよ。ウチは香辛料は専門外なのにさ」
『えーぁー・・・』
「ふん。こういう時ぐらいは役に立ってもらわないとな。それより***、早く着替えて来い」
「まぁ伯爵(ファントム社)に恩を売っておくのも悪くないか。***、引きとめてゴメンねー?」
『あー、だいじょうぶですー』
ヒラヒラと手を振る劉に***も手を振った後パタンと窓を閉めた。
「***の寝起きって可愛いねぇ」
「・・・今日はまだ寒くないからな」
「・・・そうですね、まだ暖かいですしね」
「?」
遠くを見つめながらどこか意味深な言葉な2人に劉は首を傾げる。
確かに今日は2,3日前に積もっていた雪が解けてしまう程度には暖かい。
けれどそれが何か関係あるのだろうか?何も知らない劉はカーテンの閉め切られた***の部屋を眺めもう一度首を傾げた。
「さぁでは早速この香辛料でカリーを作りましょう。ソーマ様、アグニさんの神のカリーをご存知なのは貴方様のみ。味のご指導をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「それはかまわんが、英国人のお前にこれだけの数の香辛料が使いこなせるのか?」
香辛料のチェックを終えたセバスチャンの頼みにソーマは素直な疑問を口にする。
そして数秒後、怯えたようにシエルの背後に移動した。
「あっ、いやバカにしているわけじゃないぞ!!不慣れだと大変だろうと・・・」
「ご心配痛み入ります。少々お時間を頂くと思いますが地道にやってみましょう。
では完成まで少々お待ち下さい」
しどろもどろなソーマを気にする事無く、セバスチャンはいつものように笑みを浮かべる。
そんなセバスチャンにソーマは不安を覚えるが、シエルはさして興味なさそうに一つ欠伸を零した。
「伯爵も大概小さいけど、***も小さいよね。あ、揃った」
「チッ。・・・うるさい」
『そ、そのうち大きくなるの、多分・・・。あ、私も揃った』
「チビはチビでもいいんじゃないのか?駄目だ揃わん・・・」
「あれ?我は別に小さいのが悪いなんて言ってないんだけどなぁ。あ、残念」
場に捨てられていくカードと会話をしながら進んでいくゲーム。
誰が言い出したわけでもなく、気が付けば4人でカードゲームに興じていた。
先日壊滅的なカードゲームの腕前を披露した***は今のところ、それなりに健闘している(ように見える)
「第一、***はともかく僕も、とはどういう意味だ。おっと揃ったな」
『え、シエルそれ私が小さいのはいいの?!ってあぁぁぁ!』
「ん?もしかして今チビが引いたのがババか?よーし、じゃぁそのカードを避ければいいんだな!」
「・・・***・・・」
『ちが、今のはシエルが・・・!』
「あははー、***ってば判りやすいし必死だねぇ」
「元はと言えばお前が余計なことを言うからだろうが・・・。おっとそのカードで僕はあがりだ」
「えー、やられたー」
そんな感じでやっぱり***の腕前が残念なのを何度か皆が体感した頃。
不意に1枚のプレートが差し出された。
『あ』
「お待たせ致しました。
香辛料と玉葱の旨みでやわらかく鶏肉を煮込んだカリーです。
コリアンダーとヨーグルトでさっぱり仕上げました」
「・・・。
もう出来たのか?!あれからまだ2時間ぐらいしか」
「ええ。2時間もかかってしまいました。お待たせして申し訳ありません」
申し訳無さそうに溜息を付くセバスチャンにソーマは驚きを隠せない。
鼻腔をくすぐる香りはアグニのカレーにとても似ていたし、何より2時間と言う時間でここまで再現できたことが彼の中では信じられないでいた。
しかしセバスチャンは全ての調味料を味見して、先日アグニが作っていたカレーの香りに近くなるように調合しただけだと言う。
「香りってたったあれだけで」
「私、人よりも少々鼻が良いんです」
「まあまま王子様。案ずるより生むが易しだよ。まずは食べてみたら?」
「あ・・・ああ。いただきます」
『いただきまーす』
「香りがさっきと全然違うね。香辛料のいい香りだ」
食べる前から判る違い、そのまま劉はカリーを口にして味の違いに驚かされる。
「これは・・・おいしい!!
挽き立ての香辛料の風味が食欲をそそるし、よく煮込まれた鶏肉が口の中でとろけるように柔らかい」
「ソーマ様はいかがですか?」
褒める劉にセバスチャンは一番カリーに詳しいソーマに評価を尋ねれば、彼は首を横に振った。
「だめだ、香りが良いが味が全然別ものだ」
「そうですか・・・では似た香りで別の味になる調合を試してみましょう」
ふむと考え込むセバスチャンにソーマは自分の拳を強く握り締める。
「俺がアグニのカリーの作り方のひとつでも知っていれば良かったんだが、本当に何も知らないな俺は・・・
何かしたいのに何も出来ない、結局俺はまたお前らに頼るしかない。俺はなんて――――」
「そうご自分を責めないで下さい。ソーマ様だからこそお出来になることもございます」
無力な自分を痛感しているソーマ。
そんな彼の肩に手を乗せると、滅多に見せないような笑顔を見せそのままソーマを何処かへと連れて行った。
「執事君行っちゃったね。ねぇ伯爵」
「まぁ大方厨房だろうな」
「そっかぁ、でどうする?カードゲーム続きやる?」
「ババ抜きはもう飽きたぞ。そうだ、***は・・・」
今まで無言を貫いていたシエルは同じく無言だった***の方を向いて言葉を失った。
『・・・辛っ、あつっ・・・でも、おいし・・・』
「・・・ねぇ伯爵?」
「なんだ」
「もしかしなくても***は辛いもの苦手かい?」
「・・・。そうかもしれんな・・・。***、水はいるか?」
『いる、欲しい・・・』
よっぽど辛いのが苦手なのか目尻に涙を浮かべながら、***は小さく頷く。
シエル自身辛いものはあまり好きじゃないが、***のこれもどうなんだろうか。
そう思いながらシエルはグラスに水を注ぐと必死にカリーを食べている***に差し出した。
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