no title | ナノ


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『それは?』
「現場に残されていた貼り紙だ。これには偽装以外にも大きな意味があったんだ、ここにな」

セバスチャンから紙を受け取ると、シエルは皆に見えるようにある一箇所を指差した。
それは舌を出した様子が描かれただけの単純なマーク。

「ランドル卿は、英国を侮辱しているマークだと怒鳴り散らしていたが、本当の意味は別にある。お前らが祈るアレだろう?」
「あ・・・」

ソファから身を乗り出し、後ろを向いたシエルの指差す先。
その先にはソーマたちが滞在を始めた翌日から(勝手に)設置されたアレ。

「お前らの神といえば、舌を出した姿のカーリー女神だ。そしてこれを描いたアグニの“神”といえば?総ては神のため、祈りと謝罪の意をここに込めたんじゃないのか?」
「アグニさんは貴方から離れた後も、貴方を振興し、貴方のために生きている。
 良い執事を持たれましたね」
「アグニ・・・」
「いや、めでたしめでたしだね」

貼り紙を握り締めるソーマ、ペチペチと若干気の抜けた拍手をする劉。

『じゃぁもうお終い?』
「そうだね、我達は手を引くとしようか、この話を市警に持ってって後は任せたら?」

そろそろ集中力が切れてきたのか、眠そうに目を擦り始める***を撫でながら何てことないように劉は言う。
その言葉に反応したのは勿論ソーマだった。

「ま、待ってくれ!それじゃアグニは・・・ミーナはどうなる!?」
「さぁ?」
「今回の事件は裏の住人に関係ないことがわかったわけだしな。こっちも慈善事業でやってる訳じゃない」

慌てるソーマに後は好きにしろと言わんばかりに欠伸をしながらシエルは答える。

「・・・っ、わかった・・・。確かにこれは俺の問題だ。俺1人で何とかする方法を考えてみる」
「いい心構えだ、じゃあ僕は僕で仕事をするとしよう。こんな下らない事件で冬のロンドンに呼び出されたんだ。駄賃ぐらい貰って帰ってもいいと思わないか?」
『・・・シエル?』

そろそろ眠気が限界に来ている***は不思議そうに首を傾げる。
よく見ればセバスチャンの口元は緩く弧を描いているから、彼は既にシエルの意図を理解しているのかもしれないけれど、生憎頭の回転が止まりはじめている***には全く話が読めなかった。

「英国王室御用達は3年間の無償奉仕と品評会での成績によって授けられる。品評会は1週間後、そして幸運なことに有力ライバルは出場が不可能な状態だ。
 つまり我がファントム社が出場してウエストに勝利すれば、英国王室御用達は我が社のものだ。
 製菓と玩具で御用達を得たら、食品事業にも手を広げようと思っていたところだし、最初に品評会で御用達を頂ければ話題になるのは間違いない」
「確かに。ファントム社の食品事業の旗揚げにはこれ以上ない首級になりそうだね」
『・・・』

ぼんやりと頭上で交わされる会話を***は聞き流す。
正直な所シエルはともかく話題は***自身に全くと言って関係無さそうなので、眠たくて仕方がないのだ。

「でも今から食品事業部を作るったって1週間しかないんだよ?カリーの専門家やら機材やら店舗やらは間に合うのかい?」
「そんなもの必要ない。そうだろう?セバスチャン?」

計画の無謀さを指摘する劉にシエルは不敵に笑い後ろを振り向く。
その先に入たのは勿論黒い優秀な執事。

「ファントムハイヴ家の執事たる者、それ位出来なくてどうします?必ずや英国王室御用達を「それは無理だ!」
「ん?」
『・・・へ?』

思わぬ声に皆がその声の主に注目した。

「ウエストにカリー勝負を挑むなんて、勝てる訳が無い!」
「どうしてだい?」
『セバスチャンさんは凄いんだよ?』
「あっちにはアグニが、神の右手があるんだぞ」
「確かに“神の右手”の破壊力は驚異的だが、今回は格闘技じゃない。料理勝負だ」
「だから言っている!今回はフェンシングのような格闘技じゃないんだ、料理勝負だぞ!」
「すいません。話が見えないのですが・・・」

1人勝てない理由を知っているため騒ぐソーマ。
その理由が判らず、疑問を投げかける他の者たち。
そんな彼ら僅かにソーマは視線を鋭くして口を開いた。

「お前達の力を知らない。
 本当のカリーを知らない。
 本物のカリーは香辛料<スパイス>で決まる。何百という香辛料から選択する種類と、調合する分量で味・辛さ・香り・・・全てが変わってくる」

 選択肢は無限大
 最高のカリーを作ること
 それは宇宙から真実を見つけ出すようなものだ

 しかしアグニの右手はそれができる

 指先一つで無数の香辛料の中から
 最良の種類を最適な分量で調合し

「奇跡のカリーを創り出す。
 無から世界を創造するその力は正に神の領域、だからアグニはこう呼ばれていた。

 神<カーリー>の右手と!

 俺はアグニのカリー以上に美味いカリーなんか食べたことがない。
 だからその右手は生涯俺に捧げるように言ったんだ」
「つまり“神の右手”は」
「神レベルの“強さ”じゃなくて、神レベルの“カリー上手”ってこと?」
『へー・・・すごいねぇ・・・』
「だそうだが、セバスチャン?」

ソーマの説明に納得した面々。
そしてシエルの呼びかけにセバスチャンは不敵に笑んだ。

「それはそれは・・・、手強そうですね」



事態は緩やかに展開する END
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