no title | ナノ


(3/5)

「―さて。王子様に中断されちゃった話の続きをしようじゃないか」

すでに綺麗に片付けの行われた部屋に再び集まった一同。
膝の上に***を乗せた劉が最初に口を開き、後にシエルが続いた。

「まず例の事件はウエストがアグニにやらせていると見て間違いないだろう。あいつの身体能力からして、1人で事件を起こすのはなんてことない」
『見たことないけど・・・そんなに凄いの?』
「あぁ。で、だ。ウエストの話に出てきたのは、“3年がかりの計画”“計画の完遂は1週間後”“アグニの右手が不可欠だ”と言うことだ」
『3年かけて・・・その終わりが1週間後?』
「彼の“神の右手”を使うんなら何か大きなイベントでも襲っちゃうとか?まぁ冬だし大きい催し物なんかは終わってるよね」

新しく入れ直された紅茶を片手に***の頭を撫でながら劉が***の言葉を拾った。

「セバスチャン。ロンドン市内で1週間後にある催し物は?」
「1週間後ですか?坊ちゃん宛の招待状では・・・」

ふむ、とセバスチャンは記憶を辿る。
そして思い出すのは4通の招待状。

―ウエストミンスター寺院で聖ソフィア学院主催の聖歌隊コンサート
―コヴェント・ガーデン歌劇場でワーグナーの上演
―クリスタルパレスで帝国におけるインド文化とその繁栄展
―大英博物館で世界の通貨博覧会

「・・・インド?」
「坊ちゃん、ご自分に送られてきたお手紙はどんな内容でもきちんとお読みになるのが紳士というものですよ」

何か引っかかった様子のシエルに呆れながらセバスチャンが嫌味を混ぜながら諭せば、シエルは詳細を話せとそれを受け流した。

「来週クリスタルパレスで行われる「帝国におけるインド文化とその繁栄展」は植民地(インド)における英国の功績や産業についての展示をメイントした展覧会です。催し物の一環としてカリーの品評会が行われる予定です。
 坊ちゃんにはその品評会の特別審査員として招待状が来ておりました。
 品評会は数社のカリーを競い合わせる趣向の様で、噂によればカリー好きと名高い女王もご見学にいらっしゃるとか」
『・・・!!』

“女王”その単語にピクリと***が反応する。
けれど劉が一瞬首を傾げた程度で誰も小さな***の変化に声をかけない。

『(女王が・・・本当に、来るの?)』

ざわりと胸が騒ぐ。会ってしまったらどうしよう、と。
***の意思はともかく、体は勝手に動いてしまうかもしれない。でも・・・と考える。

『(面と向かい合うタイミングなんてあるはずない・・・。それに、女王の顔を私は知らない・・・)』

だからきっと大丈夫。
そう決めて目を瞑り、息を大きく吸い込んで顔を上げた。その刹那。

『・・・っ?!』

ばっちりとセバスチャンと目が合った。
明らかに今まで見られていたであろう事実に***が慌てる前にゆっくりとセバスチャンの口が開かれる。

「(大丈夫ですか?)」

音も無く唇の動きだけで伝えられたそれに***は首を僅かに縦に振る。
そのままこっそりと視線を他の3人に移すが、彼らは事件の話に夢中で焦る***に気が付いた様子は無かった。

「―つまりウエストは“カリー”で“ロイヤルワラント”を獲ろうとしているんだ」
「ああ成程!」
「ろいやるわらんと?なんだそれは」

聞きなれない言葉らしく、若干舌足らずにソーマが聞き返す。
同じ様に耳慣れない上、話を全く聞いていなかった***も内心でソーマと同じ感想を抱いた。

―英国王室御用達(ロイヤルワラント)とは
 王族が気に入ったお店に与える「お墨付き」の称号
 それを与えられた店は看板にその称号を掲げることが出来る。
 言わば品質保証と同義語の称号

「店(ブランド)が英国王室御用達の称号を得ることによって売り上げは確実に伸びる。うちもそろそろ製菓と玩具で申請しようと思っていたところだ」
「店によっては売り上げが3倍になる場合にもあるようです。特にヴィクトリア女王はファッションから料理に至るまで流行を発信している御方ですからね」
「カリーも一時期と違ってブームが下火だし、是が非でも称号が欲しいんだろう」
「ウエストがその“ロイヤルワラント”やらが欲しいのはわかった。だがそれと今回の事件が何故つながるんだ?」
『そうだよね、その称号が欲しいなら王室にアピールすれば良いだけなのにね』

だから3年かけて何を準備したかはともかく、事件を起こす必要なんてないはず。
そう考えていた***にセバスチャンが口を開いた。

「いいえ。英国王室御用達を得るには2つの条件があります。
 1つ目は“品評会で品質を認められる事”
 そして2つ目は

 “3年間の王室への無償奉仕”」
『あ、3年間って・・・』
「つまり、3年間王室へ輸入品の無償奉仕を続けてきたウエストは、1週間後の品評会に出場するライバルを潰そうとあの事件を起こしたって訳だ。
 関係ない軍人なんかが襲われた例は事件を英国に恨みを持つインド人の仕業に見せかけるためだな。多分アグニはミーナをダシにこの馬鹿げた計画の片棒を担がされているってコトだろう。
 自分の神のためにな」
「え?」

シエルからの合図にセバスチャンが1枚の紙を差し出した。

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