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「―――シ、シエル・・・?」
不意に右目の奥に感じた小さな痛み。
眼帯越しにそこに触れてると、ソーマが声をかけた。
それに答えを返すでもなく、シエルは腕を組みなおした。
「・・・僕は、家族を殺され、家を焼かれ、家畜にも劣る屈辱を味わわされた。僕は無力で、子供だった」
ぎゅっと握り締められるシエルの右手。
その拳をとくと、彼は更に続ける。
「だから僕は僕をそんな目に遭わせた奴らに同じ屈辱を味わわせるために、この場所に戻ってきた。3年前に先代達を殺した連中にとっても、ファントムハイヴが邪魔なんだとしたら、僕が当主の椅子に座り続ければまた狙ってくるだろう
僕は待ってる。そいつらが僕を殺しに此処へやって来るのを」
「なんで・・・そこまで・・・」
『・・・』
理解できないとでも言いたげなソーマの言葉。
きっと温室育ちのお坊ちゃんで小さな平和な世界で生きていたから理解も出来ないんだろう、***はそう考える。
「悲観して嘆いて立ち止まって、それでなんになる?立ち止まることなら死人でも出来る。だけど、僕は生きていて、僕の力で立っている。
いつか死ぬのなら思い残すことがない方がいいだろう。先代の仇討ちなんて偉そうな事は言わない。全ては僕の気晴らしだ」
歩みを進めるシエルの足元で砕けた破片がパキッと小さく音を立てる。
―たとえ地獄のような場所で絶望の淵に立たされたとしても、そこから這い上がれる蜘蛛の糸があるのなら諦めずにそれを掴む
―僕ら<人間>はその強さを持ってる
「・・・掴むか掴まないかは本人次第だがな。
下らん話は終わりだ。セバスチャン、ウエストの件で話がある」
「は」
「それから***。お前も来い」
『へ?あ、うん』
くるりと背を向けたシエルに続くように***はその背を追いかける。
『・・・』
何か言ったほうがいいのかな?と思い一瞬だけ振り返ったものの、かける言葉が思い浮かばず結局***は何も言わずに部屋を後にする。
そして律儀に待ってくれていたシエルに追いつくと、徐にシエルが口を開いた。
「***があんな風に怒るのは初めて見た気がするぞ」
『え?』
「まぁ、王子だからと我侭好き勝手言う事には賛同するがな」
『・・・あれ、シエル?何時からいたの・・・?』
「さぁな?」
歩きながら嫌に楽しそうな笑みを浮かべるシエル。
焦る***に更なる追い討ちをかけるように今度はセバスチャンが口を開いた。
「それにしても随分と楽しそうにも見えましたけどね」
「あぁ、お前もそう思うか?」
「ええ。私の言いたいことまで代弁してくださっていましたし」
『・・・え、と・・・。セバスチャンさんは・・・その・・・何時から?』
「私、人の数倍耳は良いんですよ?」
それはつまり最初から全て筒抜けだったと言うことで・・・。
『き、聞いてたら、どうして止めてくれなかったの・・・!!』
「おや、私は止めたじゃありませんか」
思わず叫んだ***にしれっとした様子でセバスチャンが答える。
ならばと***がシエルを見れば、シエルはごく自然な動作で視線を逸らす。
「だが・・・実際、スッキリしたんじゃないのか?」
『それは、そうだけど・・・』
「ならいいじゃないか。アイツも僕と***に色々言われて、何も判らないならただの馬鹿だろう」
尤もなところを指摘されてしまい、***は押し黙ってしまう。
確かに溜め込んでいたものを本人にぶつけた分、気持ちはすっきりとした。
それにソーマは***にアレだけ叩かれて、シエルからは強い言葉を受けた。
その中の1つでも良いから、彼の心に響かなければ本当にただの温室育ちのお坊ちゃんで終わるだろう。
「そうだ、セバスチャン。後で***の傷の手当をしてやれ」
「畏まりました」
『え、いいよ。そんなの。血も出てないし』
ぐい、と乱暴に頬を拭えば痛みこそあれど、手には何もついてこない。
そんな***に何か言いたげに口を開いたシエルだが、それは自身を呼ぶ声に遮られる。
声のした方を振り返れば、慌てて階段を降りてきたのか僅かに息の乱れたソーマが居た。
呼吸を整える間も作らず、ソーマは訴える。
「俺はっ・・・恥ずかしい
俺は17にもなるのに、お前らよりずっと馬鹿で世間知らずだ」
『・・・温室育ちって認めた・・・』
「ああ。親に与えられた温床で甘えてばかりで、他人の事を知ろうともしなかった温室育ちだ
それにアグニが悩んでいるのを気付いていたくせに話も聞いてやらなかった」
***の嫌味交じりの小さな呟きを拾い、クシャリと髪の毛を掴み俯く。
そんなソーマの脳裏に浮かぶのは笑んだアグニと探し人の姿。
「だけど今は知りたい。二人に直接会って俺の傍から離れた理由を確かめたい
だから頼む!俺も一緒に・・・」
「断る。」
顔を上げたソーマを“ばっさり”と擬音が出そうな勢いで断ったシエル。
「お前のような世間知らずのお守はごめんだ」
『・・・え?』
てっきりさっきの話しの感じから承諾すると思っていた***は思わず耳を疑った。
けれども続いたシエルの言葉になんだか納得してしまった。
「・・・まぁ。談話室のドアには最初から鍵はついていないがな」
遠まわしな承諾。
果たしてこの回りくどさがソーマに理解できるかと期待しながら彼を見ること数秒。
「シエル!!」
「うわッ」
その意味を理解するなりシエルに飛びついたソーマ。
しばらくして鬱陶しげな表情を浮かべるシエルの後ろでソーマはそうだとシエルから離れた。
「シエル。さっきは八つ当たりしてカップを割ってすまなかった。許してくれ。それから・・・」
シエルに正面から謝罪の言葉を伝えると、ソーマはセバスチャンに視線を移す。
そしてそのまま、シエルの背後に隠れるようにして顔だけ覗かせた。
「お・・・お前も・・・。すまなかった・・・」
「いえ・・・」
「そ、それから・・・」
さらにソーマの視線が動く。その先に居たのはセバスチャンの横にいた***。
まさに恐る恐ると言った様子で一歩一歩シエルの影から***に歩み寄っていく。
「その・・・傷は、大丈夫か?」
『え、えと・・・だ、大丈夫だけど・・・』
「そ、そうか。その、すまなかった・・・」
『あ、うん・・・』
今までの我侭っぷりが身を潜め、しおらしく謝罪するソーマに***は対応に困ってしまう。
『と、とりあえず・・・場所、変えない・・・?』
困った挙句、必死にひねり出したのはそんな言葉だった。
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