no title | ナノ


(3/4)

あの後すぐに追いかけたとは言え、所謂コンパスの差と言うものでソーマと***の距離は徐々に広がっていく。
そして***がソーマの部屋にたどり着いたとき、彼はまるで癇癪を起こした子どものように部屋の備品に八つ当たりをしているところだった。

「何故・・・!どうして・・・!」
『・・・冗談じゃない・・・!』

食器を壊しただけに飽き足らず、部屋の備品にまで八つ当たるのか。
***は床に転がっていたクッションを掴むと、力任せにソーマの顔面目掛けて投げつけた。
***の手を離れたクッションは勢いを失う事無く、狙い通りソーマの顔面にヒットした。

「ぶっ?!っ、チビその2・・・!何しやがる!」
『何しやがる?それはこっちの台詞よ。何様のつもりよ、アンタ』
「何様だと・・・口の利き方には気をつけろよ、チビ!俺は・・・!」
『ベンガルの国の王子だって言いたいの?じゃぁ、言うわ。王子だったら何をしても良いわけ?』
「なっ?!」

一瞬面食らった表情を見せたソーマに***はクスリと笑うと、少しづつ距離を詰めていく。

『知らない?“郷に入れば郷に従え”って諺。平たく言えば、自分がいた場所と違う場所に行ったならその習慣に従うのが賢いのよ。って事なんだけどね。・・・私の言いたいこと、判る?』
「っ・・・!チビの言いたい事なんか知るか!ココは俺の部屋だ!さっさと出て行け!」
『・・・出て行けって言いながら、後ずさってるわよ?なぁに怖いの?自分でチビ呼ばわりしているガキに怖気付いているの、気が付いてないんだ?』

***が進むたび、ソーマはジワジワと後退する。
ソーマが後退する度に、少しずつ***の笑みが深くなる。

「っ、無礼者!そもそも俺はお前の入室を許してないぞ!」
『無礼者?今まで散々無礼を働いたきた貴方が言うの?笑っちゃうわ。王子だからって何でも我侭言って許されると思ってる?馬鹿じゃない?ココはアンタのお国じゃないの。英国なの。判ってる?』
「ココが英国?そ、それがどうした!俺は王子なんだぞ!」
『・・・判ってないわね、アンタ』
「何を・・・っだ!!」

一つ溜息を付くと、***は体制を低くしてソーマに足払いをかける。
全く予期にしていなかった事態にソーマはあっけなく、床に尻餅を付いた。
痛みに顔を俯かせている間に差しこんだ影、慌てて顔を上げれば無表情で感情のない冷たい目を向ける***がいた。

『ストレートに言ってあげる。ココは英国。アンタの国じゃない。だからアンタの傍若無人な振る舞いを、我侭を快く受け入れてくれる人なんかいない。見ていて不愉快なの、王子ってだけで我侭好き勝手言って!』
「っ、なっ・・・!」
『もっと言ってあげようか?いくら八つ当たりといえ、アンタがティーカップを壊す権利は無いの』
「全くです。好き勝手散らかして下さって・・・いい迷惑です」
『え、ぁ・・・セバスチャン、さん・・・』

背後からの声に***はハッと我に返る。
振り返ればセバスチャンも***同様、ソーマを見下ろしていた。

「ここは英国でファントムハイヴ伯爵のお屋敷です。貴方の国でも城でもない。
 ここでは貴方は私に何一つ命令する権利を持たない、ただの餓鬼でしかない」
「・・・!」
「アグニさんが居なければ何も出来ない無力な子供。
 その頼みの綱のアグニさんにも裏切られてしまいましたけどね」
「そうだ・・・俺にはもう何もない。みんな失ってしまった・・・」
「失う?呆れた被害妄想ですね」

クスリと小さく笑ったセバスチャンは***を自分の方に引き寄せると言葉を続ける。

「貴方は失ったんじゃない。最初から何も持っていないじゃないですか」
「え・・・?」

続けられた言葉に目を見開くソーマ、しかしセバスチャンは追い討ちをかけるように言葉を続ける。
親から与えられた地位、城、使用人。
最初からソーマのものは何一つなかったと。
アグニの事も本当は薄々感づいていたが、1人で確かめる勇気もなかったと。

「ち・・・違うっ!!」

遂に声を荒げ、この場から逃げ出そうとドアノブに手を伸ばすソーマ。
対してセバスチャンはそれすら許さないと行く手を阻むように左手をドアに叩き付けた。

「違わないでしょう?
 いざ真実を突きつけられたら、今度は悲劇の主人公気取りですか?
 本当にどうしようもない餓鬼ですね」
「でも・・・でもっ・・・みんなずっと一緒にいてくれるって・・・!」

じわりじわりと追い詰められたソーマが叫ぶ。
しかし必死の思いで紡いだ言葉は簡単に斬りおとされた。

『・・・社交辞令(リップサービス)に決まってるじゃない。見返り無しで誰かに仕えたりしないわよ。スラム街じゃ私よりも小さい子だって知っていたわ』
「そう。だから誰も貴方を愛していたわけじゃない」
「俺・・・俺はっ・・・」

冷たい言葉の刃がソーマに突き刺さる。
もうソーマに反論するための言葉は思い浮かばない。
そんな中新たな声がまた1つ響いた。

「そのへんにしてやれ」
「坊ちゃん」
『シエル・・・』

声の主はシエルだった。
ドア枠に凭れかかり、目を瞑り腕を組んだまま。

「僕だってそいつと同じだったかもしれない」

一体いつ現れたの?と内心***が驚いている間にシエルの目がゆっくりと開かれる。

「―あの1か月がなければ――」

その目にかつての過去を写しながら。





遂に爆ぜる END
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