no title | ナノ


(3/4)

「・・・で結局。お前の捜している女は何者だ?」

夕飯の席で旗のささった料理に疑問を持ちながら、シエルがソーマに問いかける。
聞けば彼女はソーマが生まれたときからの侍女だったらしい。
ソーマに興味のない父親と、その父親に気を引いてもらうのに必死でソーマに見向きもしない母。
そんな宮殿に一人ぼっちだったソーマの傍に常にいた彼女、ミーナ。
明るく美人で姉のようなミーナはソーマに何でも教えた。
そしてミーナがいればソーマは寂しさを感じることもなく、ソーマがミーナを愛したようにミーナもソーマを愛していたのだという。


「だけど・・・あいつが・・・

 英国貴族が来て、ミーナを英国に連れ去った!」


『・・・』
「・・・どういうことだい?」

連れ去ったという単語に***はピクリと反応し、劉はソーマに尋ねる。

「ベンガル藩王国はインド皇帝であるヴィクトリア女王に内政権を認められてはいるが、実際は英国から派遣されてくる政治顧問が政治を牛耳っている」

―それはつまり、植民地と大差がないということ

「そして3ヶ月ほど前にその政治顧問の客としてそいつはやってきた!
 そいつは俺の城でミーナに目をとめ・・・

 俺が街を視察に行っている間に、ミーナを無理矢理英国に連れ去ったんだ!!」
「つまり英国には女を連れ戻しに来たという訳か」
「そうだ!絶対に取り戻して一緒に帰る」
「それにしても使用人の女一つで大ゲサな・・・」

今まで話を聞いていたシエルがそういえば、激昂したソーマが席を立ち上がる。

「大ゲサじゃないッミーナのいない城なんて中身のない箱と一緒だ!!
 お前にミーナと引き離された俺の絶望がわかるのか!?
 俺がどんなにっ・・・」

「わからんな」

激昂しシエルに掴みかかったソーマの言葉をシエルは冷たく遮る。
その目には同情の色は1つとして映らない。

「その程度の事で感じることのできる“たかがしれた”絶望など、僕には理解できないしする気もない

 どんなに足掻いても取り戻せないものもある。抜け出せない絶望もある

 お前には理解できないかもしれんがな」

自分を掴む腕を払い、シエルは食堂から出ようとソーマに背を向ける。
背後で息を呑む音がしたと思えば、ソーマは次の標的に移ったらしい。

「っ、チビなら判るだろう?!今までいた場所から見知らぬ場所に連れて来られた恐怖と絶望を!自分を連れ去った奴を恨み、今までの場所を恋しがるだろう?」

シエルの座っていた椅子の背を掴み、同意を求めるように訴えるソーマ。
今まで1人黙って食事をしていた***はその手を止め、顔を上げた。

『・・・判らないよ』
「どうして!チビだってそんな年じゃ無理矢理つれてこられたんじゃないのか?!」
『・・・確かに、私は自分の意思で英国に来た訳じゃない。でもだからって故郷を想う事も無いし、私を英国まで連れて来た人を恨んではいない。だから、私には判らないよ』

感情が抜け落ちた目でソーマを見つめながら、***は続ける。

『・・・それに、彼女はメッセージでも残したの?「助けて」と。「行きたくない」と。連れ去られた、は思い込みじゃないの?』
「違う!ミーナは・・・!」
「***。それぐらいにしておけ。お前の言う事も一理あるが、今の段階では可能性、だろう?」
『・・・うん』
「でも・・・それでも俺は・・・もう嫌だ。あの宮殿で独りになるのは・・・」

シエルの言葉に***は食事を再開し、シエル自身は食堂を後にする。
残されたのは切実なソーマの声だけ。




「・・・・・・」

―どんなに足掻いても取り戻せない

扉を背に足を止めたシエルの脳裏に過去の幸せな一瞬が蘇る。
けれどそれはもう戻らないと判りきったもの。




そして同じ頃。

『・・・恐怖と絶望と恨み、ね・・・』

誕生日の翌日目が覚めたら海の上で、そこからは必死の日々。
それ故、恐怖や絶望なんて抱く暇も無かった。
英国に着いてからも劣悪な環境に居た訳でもなくて。
だから自分を連れ出した人に対して恨むことも無かった。

『・・・判らないよ』

小さく呟かれた***の声。
囁くような音量のそれは誰に聞かれるわけでもなく、その場の空気に霧散していった。



<< >>

目次へ

[ top ]