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『……』
あの後盛り上がりを見せたホールから、バレないように身を引いた***は自室にいた。
窓辺から外を眺めるその表情は、明かりが無い事と外が曇り空と言う事が相まって、伺う事が出来ない。
『羨ましい、な…』
ポツリ、と紡がれた言葉。
『思い…出せないや』
最後に誕生日を祝って貰ったのは5歳の時。
それまでは覚えている、だけど「どうやって」祝ってもらったのか覚えていない。
逆に誕生日の翌日の事は、酷く鮮明に覚えていた。
『目が覚めたら…船の上、だったんだよね』
アハハ、と乾いた笑いが部屋に響く。
見渡しても見知らぬ大人たちばかりで、両親はいない。
異国に行くんだ、と言われひたすら異国語を教えられた。
「向こうで少しでも良い目を見たいなら覚えておけ」と。
あれは強制だったのか、それとも優しさだったのか。
そして辿りついた異国の地。
「父親」は優しかった。
上辺の付き合いでパーティーにはよく出向いていた。
けれど自分の屋敷で何かを祝う、と言う事をしない人だった。
それは***の誕生日も例に漏れず。
『誕生日って、ケーキ作ってもらえるんだね』
セバスチャンが戸棚に入れていたケーキは勿論。
バルドたちが作っていたケーキでさえ、実は羨ましかった。
『私の誕生日…いつだったんだろう』
聞かれないから、言う事もなく。
祝うことも無いから、他人に教える事もなく。
父親の道具になったときから、時折記憶は抜け落ちて。
色々なことが重なり、***自身が自分の誕生日を忘れていた。
今10歳だと自覚しているのは至極単純。
イギリスに来た時が5歳で、それから5年経っているから。
区切りの日は父親が「***が来て●年たった」そう告げた日。
『……』
グスン、と鼻を啜る音が部屋に響く。
突然顔も思い出せない両親に会いたくなったとかではない。
誕生日を祝ってもらえるシエルが羨ましくなったとかではない。
ただ単純に切なくなっただけ。
言葉に出来ない思いが口からではなく、目から零れた。
『…あ、雪…』
ゴシゴシと目を擦り、空を見上げる。
曇天からちらほらと白い粒が舞い降りてくる。
『やだな、雪は…』
寒くて、囚われて、動けなくなるような気がするから。
雪が降る時期だけは「お仕事」はしなかった気がする。
ぼんやりと降り続ける雪を眺め、そんな事を思った。
誕生日のその裏で END
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