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慣れた足取りで広い屋敷内を灯も持たず、***は歩く。
彼女が通った場所は、何人もの使用人達が物言わぬ姿で倒れていた。
それは地下の研究所も例に漏れず。
『慣れって怖いね』
そう言いながらまた一人、ドサリと崩れ落ちる。
『ごめんね。アナタたちは悪くないのに
…お父さんが悪いんだよ』
倒れ行く姿に目もくれず、***は目的の場所を目指して歩く。
やっとたどり着いた先で扉を開け、その人物に声を掛けた。
『…ただいま。お父さん』
「お帰り***。…遅かったね」
月明かりの逆光で表情こそ見えないが、男の声はいつも通りの優しい声だった。
「何があったんだい?今日は随分血生臭い…それに随分意識もハッキリしているね」
『だってお仕事して来たもの。それに今はやらなきゃいけない事があるから』
「それは…お前が握っているナイフと関係あるのかい?」
男が***の右手に握り締められたナイフを指差す。
血脂に塗れたナイフは月明かりを受けて鈍く光った。
『うん。凄く』
「そうか…そいつをしまってはくれないんだね。残念だ」
『頭の良いお父さんは好きだよ?』
言葉と同時に***が一気に間合いを詰める。
しかし、喉元を狙って振り上げた腕は、いとも簡単に男に掴まれた。
『ちょっ…!』
「誰に聞いた?誰に吹き込まれた?誰から知った?…答えなさい」
『…誰にも聞いてない。吹き込まれていない。教えてくれた人は…もういない
これは私の意思、私の考え』
思ったよりも強く掴まれた腕に顔をしかめながらも、***は真っ直ぐ男を睨む。
いつ来るか判らない反撃に警戒していると、男はあっさり腕を離した。
「そうか。良いよ、***。好きにしなさい。
ただ…そこの引き出しの中に入っている物を取ってくれないか?」
『…』
不気味なぐらい優しい男に警戒しながら、***は引き出しに入っていた箱を男に放り投げた。
「ありがとう。お前はやっぱり素直だね」
『な、に…っ!』
振り向き様に箱の中身が銃だったと気付く。
安全装置を外し、男は銃口を***に向けていた。
「自由になりたいなら私を殺しに来なさい
その代わりお前を殺すつもりで、私は自分を守るよ」
いつもと違う、怒りを含んだ男の声を合図に***は走り出す。
―ガウンッ
・・・一発の銃声が屋敷に響いた。
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