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『…ないっ』
屋敷から漏れる光を頼りに***はガサゴソと草を掻き分ける。
光と一緒に届く音楽があの後、事が無事に進んでいる事を教えてくれた。
『なんかヤダ』
探す手を休め、音楽が漏れている窓を見つめそう呟く。
最初嫌だったけどシエルが似合うって言ってくれたら、今はこの服が好き。
でもエリザベスが割り込んで来たのはイヤ。しかも指輪を割ると言う事までして
くれた。
シエルも怒れば良いのに、気が付いたらエリザベスをダンスに誘っているし…
そもそも許婚の話を聞いてから、何かおかしくなってる気がする。
『もぉー、なんなの…』
誤魔化すようにワシャワシャと頭をかき、再び***は指輪の破片探しを始めた。
「…なにをなさっているのですか?」
突然頭の上から降って来た言葉に顔を上げる。
『執事さん!』
「いつの間にか広間からいなくなられて、お部屋にもいない…探しましたよ?」
言われて見ればいつの間にか音楽も消え、光の数も少なくなっていた。
『あ、あの…コレ、探してたんです』
***はハイッと掻き集めた指輪の破片をセバスチャンに見せる。
「これは…」
『シエルの大切な物みたいだったから、破片だけでも集めておこうかなって。全部あるか分からないけど…』
「先を越されてしまいましたね」
『え?』
私も探しに来たんですよ、とセバスチャンが少し微笑んだ。
「さぁ、後は私が探します。***様はお部屋にお戻りください」
差し出したセバスチャンの手と指輪の破片を乗せようとした***の手が一瞬重なる。
「あたし思うんだけど、多分あの人人間じゃないのよね
あんた…機会があれば聞いて来てくれない?」
『あっ』
なんで今思い出してしまったのだろう。
だけど今なら誰もいないから聞けるかもしれない。
でもなんて言って聞けばいいの?
「どうかしましたか?」
動かない***を心配してセバスチャンが声を掛ける。
***は決心して口を開いた。
『変な事を聞くけど…執事さんって…本当に人間ですか?』
ピクリと触れていた手が一瞬強張るのを感じた。
「何故…そんな事を聞くのですか?」
心なしか上から降って来る声のトーンが下がったように思う。
だけどそれに恐れていては話が進まない。
『彼女…が言ってたのと、前に飛び下りて受け止めてもらった時、変な感じがしたから…』
そこまで言って***は口を噤む。
沈黙。
聞こえるのは風が草木を揺らす音だけ。
逃げ出したくなるような沈黙を先に破ったのはセバスチャンだった。
「そうですか」
ただ一言、それだけ。
『…』
肯定でも否定でもない返事に顔を上げた***は動けなくなった。
自分を見つめるセバスチャンの感情の読めない瞳が怖すぎて。
「…そんなに怯えないでください。確かに私は人間ではありませんよ」
『!!』
「しかし私から言わせていただけば、***。貴女は何者ですか?」
『え?』
思わぬ方向に話題が飛んだ為、***は思わず声を上げた。
「失礼ながら貴女の身辺を調べさせていただきましたが何も無かった…
いえ、故意的に消されたんでしょうかね?」
とにかく***に関する情報が何一つ無かったんですよ…
『うそ…』
まるで頭をハンマーで殴られたような感覚だった。
ただでさえ記憶が無いと言うのに、自分に関する情報までもが無いと言う。
無意識に***は服の下に隠したタグに触れる。いつもと変わらない金属の質感がそこにはあった。
「記憶の無い貴女に言っても無意味なのは承知です。
さぁ今の事は忘れて、お部屋にお戻りください」
そう言って***の肩を叩くセバスチャンの目に先ほどの怖さは無かった。
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