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『あっ…』
やってしまった、と***が思った時はすでに遅かった。
使用人達は呆然とこちらを見ているし、少女はと言えば……
「な、なんなのよ!せっかく可愛くしてあげようと思ったのに!」
行き先を失った手がワナワナと震えていた。
このままだと、あの手が振り下ろされて叩かれるかもしれない。
そう頭が考えると同時に体は動き出した。
「ち、ちょっと!?あなたっ!」
「おい嬢ちゃん!」
「わわっ、***さん!?」
「あ、危ないですだ!」
皆が引き止めに来る直前に***は窓を開け、そこから飛び下りてあっという間に走りさってしまった。
「ここ…2階じゃなくて良かったな」
2階だったら飛び降りただけで怪我をしてしまったかもしれない。
走っていく***を眺めながらポツリとバルドが呟いた。
それからしばらくしてシエル達が帰宅して、ファンシーになった屋敷を目の当たりにし。
セバスチャンがピンクのボンネットを少女から貰い、その少女がエリザベスと言うシエルの許婚だと使用人達に知らされた。
「…そう言えば***は?」
いつもならすぐに顔を出す***がいない事にシエルは辺りを見渡す。
「えっとー…坊ちゃん」
「***さんなら…」
「そこの窓から出てっちまったぜ」
フィニ、メイリン、バルドの順番で返事が返って来る。
ピッとバルドが指差した先では風に煽られてカーテンがはためいていた。
「ふーん。あの子、***って言うのね」
「エリザベス?***に何かしたのか!?」
「な、何もしてないわよ!あたしは可愛くしてあげようと思っただけだもん!」
静かに怒気を背負ったシエルにエリザベスは半分むくれながら答える。
シエルは舌打ちするとセバスチャンに***を探し出すように命じた。
『ふぐっ…えっ…』
あてもなく走った結果、結局***は裏庭に着いてしまった。
こんな時に限って彼女は現れず、***は裏門に背を預ける形で座り込んで泣いていた。
「嗚呼、こんな所にいたんですか」
『執事…さん?』
帰ってたんですか?と見当違いな事を言う***に苦笑いしながらセバスチャンは近付いていく。
「聞きましたよ。窓から飛び下りたそうですね」
『それは…』
「何があったんですか?」
セバスチャンは***の前にしゃがみ込み、ヒドい顔だと***にハンカチを渡した。
『ありがとうございます…』
ちらり、とセバスチャンを見れば紅い瞳がこっちを見ていた。
クラウスの時みたいに冷たくはないけど***はその瞳が苦手だった。
すべてを言わないと解放されないような錯覚に陥ってしまうから。
だけど話さないといけないのは分かっていたから、大きく深呼吸して自分を落ち着かせた。
『…怖かったんです』
「怖かった?」
突然思い出した記憶と状況がよく似ていた事。
それで混乱して思わず手をはたいてしまった事。
叩かれるのが怖くて窓から逃げ出した事。
全てを***はポツポツと話した。
「…坊ちゃんが心配しています。戻りましょう」
先に立ち上がったセバスチャンに差し延べられた手を握り***も立ち上がる。
『ねぇ執事さん。あの子、何なんですか?』
「エリザベス様ですか?彼女は坊ちゃんの許婚ですよ」
本日2回目の説明をさらりとするセバスチャン。
『…許婚かぁ』
「***様?どうかされましたか?」
『え、あ、何でもないです!』
慌てて***は首を横に振って屋敷へと足を急がせた。
―なんでだろう、一瞬胸が痛かった……
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