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『いってらっしゃぁーい』
段々小さくなって行く馬車に***は手を振り、その場に腰を下ろす。
『あー…何しようかなぁ』
シエルは杖を取りに行く為に街へと今出掛けて行った所で、当然セバスチャンも同行している。
つまり今、屋敷にいるのは使用人たちと***だけ。
『バルドの所に行って爆発に巻き込まれるのも嫌だしー
フィニの近くは薬剤飛んだり木が折れたりして危ないしー
………メイリンは転んでこっちに来るから嫌だし…
タナカさんとお茶も良いけど、熱いお茶だから火傷するしー
あ、そうだ!』
何か思い付いたのか***はパッと立ち上がり裏庭へと走って行った。
******
「…で?あたしの所に来た訳?」
『うん』
忙しくないでしょ?と首をかしげる***に彼女‐黒猫‐は気怠そうに欠伸を返した。
『眠かった?』
「別に。気にしなくて良いわよ。…そういえばあんた何背負ってんの」
『え、これ?』
***は黒猫の前に貰ったばかりのリュックを置く。
『ビターラビットのリュック。今日発売なんだよ』
「ビター…あぁ、あんたがココの坊やに気に入られたきっかけの」
『そんな感じ?』
「ふぅん…」
黒猫は珍しそうに眺めていたが興味が失せたのかプイッと顔を背け、***の横に寝転んだ。
「何て言うか安心したわ」
『?』
「毎日あの人からね、あんたの話、少しは聞いてんのよ」
『え、どんな?』
リュックを背負いながら***は問い掛ける。
成り行きでここに住んでるとは言え、他人から自分がどう受け入れられているのか、やっぱり気になってしまうのだ。
「えー?昨日は服を買いに行って着せ替え人形になってたとか
こないだ来客がきた時に出たくないってごねて怒られたとか」
『うっ…』
嫌な事を思い出させるなと***は黒猫を睨む。
けれど黒猫は気がついていないのかそのまま話続けた。
「あ、後ね
あんたの持ってるタグ。それ気にしてたわよ」
『タグを?』
ペタンと胸に手を当てて布越しに金属の板の存在を確認する。
起きている時は勿論、寝ている時もお風呂の時さえ肌身放さず持っている。
記憶を無くしている自分が"***"であると信じたい頼みの綱。
それをなぜ彼が気にしているのだろうか?
「確か変な傷がついてんでしょ?あの人、その下の文字を知りたがってたわ
それがあんたの記憶の鍵になるんじゃないかって」
CNの横の文字を意図的に消したとしか考えられない変な傷。
確かに***自身も気にはなるが体が知る事をどこかで拒んでいた。
『…そっか』
―知りたいけど知りたくない
そんな複雑な気持ちを押し殺すように***は曖昧な笑みを浮かべた。
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