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今の彼女を例えるなら、【追い詰められた小動物】と言うのが妥当かもしれない。
中庭へと続くドアの前に立つ***の横には牛たたき丼を乗せたワゴンがあって、その反対側にはセバスチャンがいる。
要はワゴンとセバスチャンに挟まれて動けないのだ。
セバスチャンは自身の身なりを確認した後***に視線を移す。
ただそれだけなのに***はビクリと肩を揺らす。まるで狩る者に見つかった獲物みたいに。
「まだ怯えているんですか」
『あっ…その…』
体が震えて言葉がうまく出て来ない。何か言わないといけないと頭も理解して叫んでいるのに。
(困りましたね)
目の前で判りやすい位怯える***に判らないよう、セバスチャンは溜め息を吐いた。
(いくら部屋から出させる為に少し怒ったとは言え…
まさかここまで警戒…というか怯えてしまうとは計算外ですね)
小さい子どもは優しくすれば簡単に懐くが、少しでも厳しく怒ればすぐに警戒されてしまう。
しかし客人に会わせると言うのに、このまま警戒され続けるのもよくない。
場慣れした者なら愛想を振りまく術も持つだろうが、生憎記憶を無くしているらしい***がそんな術を持っているとは思えない。
「(仕方が無いですね、時間もありませんし)***様、後ろを向いて目をつぶってください」
***は何も言わずに黙って従う。
ここに来てから少し伸びた髪の毛にセバスチャンが触れているのが判る。
「もう良いですよ。あ、髪は崩れるから触らないでくださいね」
そう言われて目を開ける。
何が変わったのだろうかと首を傾げると頭の辺りでチリンと音がした。
『鈴?』
「えぇ少し髪を結い上げて、そこに鈴のついたかんざしを付けました」
よくお似合いですよ、と笑うセバスチャンにつられ、***も少し笑う。
「あぁやっと笑ってくれましたね」
『あ…』
「髪を結っている時も怯えてましたから。けれど笑えるの大丈夫でしょう
私が先に食事を持って行きます。合図したら入って来てくださいね」
『はいっ』
返事を返した***に笑いかけるとセバスチャンはワゴンを押してドアの向こうに行ってしまった。
僅かな隙間からその先を覗けばセバスチャンが丼の力説をしている所だった。
『執事さんの後ろに波が見える…』
説明の仕方でこんなにも演出が変わるものなんだと一人***が納得しているとセバスチャンと目が合った。
―入って来てください
目が確かにそう物語っていた。
『…よしっ』
***は1回深呼吸をして、ドアに手を掛ける。
ギィィっとドアの開く音と共に***は歩き出した。
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