落ちた先は蒼 | ナノ
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要を歓迎した宴が終わるのを待っていたかのように、翌日から奥州には冬の気配が漂い始めた。
それと同時に少しずつ寒さが増して行く中、要は手の空いた小十郎や成実を師として、乗馬の訓練を開始した。
とは言うものの、初めは与えられた相棒(馬)を見ても触って撫でるのが精一杯、背中に乗る?そんな無理無理!な状態だった要。
小十郎には欠点を厳しく指摘され、成実には出来たところを褒められて。
飴と鞭をうまく使い分ける二人の師により、少しずつ、本当に少しずつではあるが要の乗馬訓練は進んでいった。





そして。
某有名なスイスの山奥を舞台にしたアニメの名台詞のパロディではないが、今の気分を例えるならコレだろう。




「乗れた!要が馬に乗れた!!」
「し、成実・・・!!」



ちょっと腰が引け猫背ではあるものの、手綱はしっかりと握られている。
そして軽く馬の腹を蹴れば歩きだし、手綱を引けばちゃんと止まる。
どうしようもなく初歩的なことではあるが、一番重要なことをやっと要はマスターしたのだ。



「出来た・・・!俺、やっと出来たよ!」
「おう、ちゃんと見てたから!ていうか、後で梵と小十郎にも見せなきゃな!」
「もちろん!!」


ココまで二人が盛り上がるのには訳がある。
要に与えられた馬は利口で、乗る人想い。
そのため要が中途半端な状態で指示を出すと、馬は意地でも動こうとしなかった。
まるで「基礎が出来るまで、動かないから。危ないし」とでも言うように。
それが今、要の指示でちゃんと歩くし、止まってもくれる。
コレを喜ばずして、何を喜べというのだろうか。


「とりあえず要、一度降りてきなよ。手、貸すし」
「あ、ありがとー」


成実からの補助を受けつつ、要は相棒の背から降りる。
そして「やっと基礎が出来たね、お疲れ様」と言いたげな空気を醸し出す馬の鼻を撫でた。


「これからもよろしくなー。颯馬<ソウマ>」
「颯馬?それコイツの名前?」
「うん。颯は風を切る音って意味らしいし、これからの相棒で色んなところに行きたいなーなんて」
「へー。ちょっと意外。要は南蛮語知ってるんだから、南蛮語で名前付けるかと思ってた」
「それも考えたけど・・・。外で名前呼ぶとき不味いだろ」
「あ、そっか」


梵がどこでも南蛮語使うから忘れてた、なんて言いながら成実はケラケラと笑う。
それにつられるように要も笑えば、颯馬がブルブルと首を横に振った。












「Hum・・・上等じゃねぇか」
「まぁちょっと背が曲がっちゃいるが・・・合格だな」



それが政宗と厳しい方の師匠小十郎の言葉。
もしもまた指示を聞いてくれなかったら・・・と言う要の心配を他所に、颯馬は悠々としながらぐるりと中庭を歩いて見せた。
どうやらまだ改善点はあるものの、馬上で指示を出す。と言う段階はクリアできたようだった。



「となりゃ、次はspeedの調節か」
「え゛」
「確かに。雪が本格的に降る前に習得せねば、なりませぬな」
「ええ゛」
「そうだねぇー。積もっちゃえば、暫くはココ使えないもんなー」
「え、いや、あの・・・」


馬上で戸惑う要を他所に、なにやら話し始める政宗たち。
どうにもこうにも嫌な予感がするから、早く厩に颯馬を戻したほうが良いかもしれない。
要の頭にそんな考えが過ぎり、今まさに降りようとした刹那。


「OK,speedなら俺に任せな!」
「ちょっと梵!?」
「政宗様!要を乗馬恐怖症にしたのは誰だかお忘れか!」


・・・何ていう物騒な会話を耳にして、要は慌てて颯馬に進めの指示を出す。
利口な颯馬は空気も読めるらしく、要の指示に黙って従い一人と一頭はその場から静かに姿を消した。










「おや、要様。今日はなにやら騒がしいようでしたが・・・成程、そう言うことでございましたか」


厩で要を迎えてくれたのは初老の男性。
戦からは身を引いたが、まだまだ現役と言うことで厩で馬の世話を任されている人、厩舎長。
彼はいつもと違った登場をした要に、大体を察してくれたらしい。


「そういうこと、です。俺、ちゃんと乗れるようになったんですよ」
「えぇ、えぇ。初め蹄の音しか聞こえないから誰かと思いましたよ」
「驚きました?あ、それから・・・名前、付けたんです。颯馬って」


こんな字を書くんですよ、と馬上から降りて木の枝で地面をガリガリと引っかいた。


「颯爽の颯ですか。成程、こいつにお似合いの字だ。こいつはねぇ、足が強い・持久力があるのは勿論、走らせると本当に早いんですよ。要様、こいつを颯馬を大事にしてやってください」
「はい。言われなくても、俺の相棒になる馬ですから」
「それを聞いて安心しましたよ」


笑みを浮かべた厩舎長に要は相棒の手綱を託す。
そして帰ろうとした要は、ふと思い出したように顔を上げた。


「あの。1個良いですか?俺、次はスピー・・・加速と減速の練習だって言われたんですけど。・・・間違って振り落とされたりしませんよね?」
「振り落とす?そんな馬鹿な事はないですよ。こいつが利口なのは要様もご存知でしょう?」
「・・・あぁ、そっか。そうですよね。うん、颯馬はそういう子ですよね」


確かにそうだ。
利口な颯馬の事だ、要が振り落とされる前に自らスピードを落とすに違いない。
・・・むしろ要がしっかり出来るまでは、加速命令を聞いてくれない可能性のほうが高いかもしれない。


「じゃぁ、お願いします」


今度こそ、厩舎長に礼をして、要は自室を目指して歩く。
ある意味大事なことを忘れながら。


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