思わぬ暴露事件
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自室に向かう途中、ポツリと凛が口を開いた。
「ねぇ、人の子ってあんな感じなの?」
「……」
「さぁな…甲斐の虎らしいといえばらしいが…」
「とりあえず皆が皆そうじゃない、って俺様は言っておくよ」
「…そう」
どこか腑に落ちないまま凛は会話を終わらせる。
先ほどの信玄の小太郎訪問の件の許可に納得していない訳ではない。
なんだかんだで凛も知り合いに堂々と会えるのは嬉しい。
問題はそこに辿り着くまでの過程だった。
(…私は無理かな。目の前で人を浚って行った相手に「会いたかったから?じゃぁいいけど」なんて許可は出せない…)
あれは国を纏める立場の人間としてだからこそ為せる術なのか。
仮にそうであれば、甲斐を守護する凛もそれだけの寛大さを見せるべきなのだろうか。
とは言え、そんな寛大さを見せる相手もいない。なにせ土地神は基本的にその土地から出ないので、別の土地神に会う事はほとんどないからだ。
例外は年に1回あるが、その時は皆大抵証明書を持っているので寛容も何もないのが現実。
「…やっぱり人の子だからかー」
「ん?姫さんどうしたの?」
「何にも?」
「そう。でも、俺様としては今のこの現状に疑問を投げかけたいけどね」
凛の呟きを忍の耳が聞き逃すはずもなく、律儀の反応した佐助はちらりと凛を一瞥する。
本来、闇に影に潜んで動く忍が白昼堂々と屋敷の廊下を歩くことはこの武田領においては日常の一部でしかない。
なので佐助が歩いている事も、訪問客であるかすがが歩いている事にも何ら問題はない。
問題があるとすれば、残る二人だった。
「……」
「…私は歩くって言ったわよ、聞いてたでしょ?」
佐助の視線の意味を理解した凛は視線を鋭くして反論する。
その凛がいるのは小太郎の腕の中。勿論凛の意思で、ではない。
部屋に戻ると凛が言った瞬間、問答無用で風魔が抱き上げたのだ。
「…なんか俺様の中での風魔像が変わりそう」
「奇遇だな。私もだ」
自分に向けられる視線も風魔は気にすることなく、勝手知ったる屋敷の如く歩いていく。
何故訪ねたことの無い屋敷の間取りを把握しているのか、と一瞬凛は疑問を抱くがよく考えれば忍なのだから部下等の偵察情報なのだろう。
(それはそれで警備拙いんじゃないの?この屋敷…)
ここに俄か強制的に世話になった当初は判らなかったが、最近感覚を取り戻してきたからこそ分かる侵入者の気配。
凛自身、そういった類に手を下す事も誰かに告げる事も無いが「大丈夫なの?」というのが本音。
尤も偽の情報を掴ませて国に帰らせる可能性もあるので、一概に警備が薄いとは言い切れないかもしれないが不安なのには変わりない。
「…ん?なに…あ」
不意にトントンと背を叩かれ、我に帰れば見慣れた光景が広まっていた。
どうやら屋敷の警備を案じているうちに部屋に辿り着いたらしい。
随分馴れた手つきで風魔が用意した座布団の上に凛は下された。
「ありがとう、小太郎。…あ」
耳を澄ませば聞こえる慌ただしい足音。
耳の良い忍組にも当然聞こえているわけで、皆揃って音の方向へを顔を向ける。
次第に大きくなってくる音は慌ただしいが、音自体はそこまで大きくない。
この部屋を訪ねる人物は限られている為、自然と足音の主は絞り込まれていった。
「っ、凛様!ご無事ですか?!」
「…見ての通り」
予想通り、部屋に現れたのは桜だった。
着衣の乱れを気にすることなく、文字通り突撃してきた彼女。
その桜から守るように小太郎に抱き上げられた凛は苦笑を思わず浮かべる。
「ああ、よかった!何者かにまた浚われたと聞いて、もう不安で胸が押しつぶされる思いで…、っ風魔!と…かすが姉様?!」
「え?桜さん知ってるの?」
「知っているも何も、風魔は忍の間では有名ですし、かすが姉様と私は…、…あ」
まさに「しまった」と言わんばかりの表情で桜が慌てて手で口を抑えるが、飛び出た言葉は戻らない。
恐る恐る桜が視線を向けた先には柱に凭れ、腕組みをしている佐助の姿。
「…あの、長…」
返事の代わりに佐助から漏れたのは短い溜息だった。
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