部屋で出会ったのは若虎
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「うえっぷ」
「・・・はしたないお声を出さないでくださいな。今、お部屋に風を通しますから」
力なく布団に横たわり、口元を押さえる凛を横目に1人の女中が言葉通り窓を開け、部屋に風を通した。
「あの医者、私の鼻を捻じ曲げるつもり・・・?」
「そんな事無いと思いますわよ」
「桜さんはこの空間にずっといないから、そう言えるんですよ」
よほど嫌なのか、眉根を寄せ苦々しげに凛は言葉を吐き捨てる。
その様子に桜と呼ばれた女中は苦笑いを浮かべた。
「あー、もう」
ゴロリと寝返りを打ち、凛は天井に向けて両手を突き出す。
2,3日前から少しづつではあるが、視力が戻りはじめたらしい。
今なら曖昧ではあるが、そこに何かがある位までは判るようになって来た。
「動きたいのに、動けないのは辛い」
「・・・そのお気持ち、よく判りますわ」
「え?」
不意に沈んだ桜の声に、凛は顔だけを向ける。
表情まではボヤけて見えないが、どうやら桜は俯いているようだった。
「役に立ちたいのに、身体は動かない。あの時、怪我を負った己の未熟さをどれだけ悔やんだことか・・・」
「桜・・・さん?」
「あ、申し訳ありません!凛様、今のただの戯言でございます故、どうか忘れてやってくださいまし」
深々と礼をする桜に、凛はただ曖昧に返事をする事しか出来ない。
困った凛は苦し紛れに話題を変えた。
「えーっと、桜さん・・・仕事とは言え、暇じゃないですか?」
「暇、ですか?」
「今、桜さんって私の面倒見るのが仕事なのでしょう?でも、こんな1日中寝て動かない子どもの世話したって面白くないし、暇でしょ?」
天井に突き出していた手を下ろし、凛は少し乱暴に髪の毛を掻きあげる。
「暇、と言うよりは・・・珍しい経験だと思っておりますわ」
「珍しい?」
「えぇ、土地神さまの身の回りのお世話なんて、滅多に出来るものじゃありませんもの」
「それは・・・そう、ですけど」
楽しそうな桜の声に、凛は逆に毒気を抜かれた気分になる。
しかしそれに気がつかない桜はさらに追い討ちをかけた。
「それに」
「はい?」
「私、元々子どもは好きですの」
「・・・桜さん、お幾つで?」
「今年で17になります」
「あは、ははは・・・」
とりあえず笑みを顔に貼り付けたものの、ザクリと心のどこかを抉られた気がした。
そして凛は、自身の実年齢を教えないまま、彼女を世話役につけた信玄を軽く恨んだのだった。
(・・・200年は生きてるって言えば、驚くかな、やっぱり)
黙っているのも失礼だけど、かといって暴露して驚かすのも如何なるものか。
一瞬考え込んだが、きっと短い付き合い。
そこまで相手を考えることもない。凛はそう判断して、暫くは黙っていることにした。
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