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始まりの雨
(3/4)

「甲斐の、武田信玄公とお見受けいたします」


音もなく現れ、何かを抱えた青年が恭しく頭を下げる。
彼の着る空色の着流しが、この天気に酷く不釣合いだ。



「あんた誰。気配がなかったんだけど」


片手にクナイを持ち出し、警戒の色を出す佐助に男はやんわりと笑みを見せた。


「信玄公とちょっとした知り合いですよ。後、この山に住んでいます」

「へぇこの山に・・・。何、この山は炎が勝手に止まったり、気配もなく人が現れて、尚且つその人は雨に濡れもしない。そう言う不思議な場所なわけ?」

「おやおや手厳しい」

「止めぬか佐助。・・・すまぬ、部下が無礼を働いた」

殺気を飛ばしながらの佐助の問いに、男は笑みを崩さないまま受け流す。
そんな態度が気に食わないのか、今にも喰いかからんとする佐助を止め、信玄が軽く頭を下げた。


「気にしてないですよ。彼の対応は間違いではない」

「・・・寛大じゃの、と言いたいのだが内心は相当怒っておるのだろう?」

「あれ?お見通しですか。いやだなぁ、信玄公とお嬢位ですよ、直ぐに見破られちゃうのは」

「して、名は貰ったのか?」

「残念ながらまだ。っていけない、そんな話をしている場合じゃないんですよ」


困ったような笑みを浮かべた後、男は急に真面目な表情に切り替わり、今まで抱きかかえていた物を信玄に差し出した。


「信玄公、貴方の器と人間性を見込んでお願いします。

・・・しばらくの間・・・否。お嬢の力が元に戻るまで、お嬢を預かってくれませんか?」

「このワシが断わるとでも?」

「断わらないのは判ってますよ。でも礼儀とかありますからね、一応」


男の言葉に苦笑いを浮かべながら、信玄は受け取ったそれを覗き込み思わず目を見開いた。
灰や煤にまみれ薄汚れた肌と髪、そして包まれた布の隙間から見える焼け焦げた小袖。
信玄の記憶の中で、ココまで彼女がボロボロだったことは無い。


「な、んと・・・」

「酷いでしょう?お嬢、限界まで頑張ってたみたいなんですよ。私が戻ってくるのが後少し遅ければ・・・消えていたかもしれない」


眉尻を僅かに下げ、未だに燃える炎を眺めながら男は続ける。



「あと足の火傷が一番酷いんです、だから暫くは歩けないと思います。目も力を使いすぎて暫くは見えないかと

・・・あくまで“容れ物”の破損ですから、痛みとかは感じないでしょうけど」

「そうか・・・」


“容れ物”を男は協調させたが、信玄の視線は今だ腕の中の彼女にあった。



「とにかく私はお嬢の代理の役割があるので、この辺で。

信玄公、お嬢をお願いします」


深々と男は頭を下げると、音もなくその場から姿を消した。


 


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