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伝説再来
(2/4)

まさに一瞬の出来事。
かすががクナイを構え直すよりも、謙信が刀を鞘から抜くよりも、信玄が斧を振り上げるよりもそれは早かった。


「えぇぇぇっ?!」


目の前に何かが迫り、周りが自分の名前を叫んでいる。
そう頭の中で理解した時には、凛は既に屋敷ではなく森の中にいた。
目の前には腕組みをして、こちらを見下ろす風魔小太郎。
辺りの景色を伺うにここは紛れもない、甲斐の土地。


「(・・・まぁ、甲斐じゃなかったら勝手に引き戻されるしねぇ)」


伝説の忍とは言え所詮は人の子、徐々に回復してきている自分の敵ではない。
そう考えている凛は慌てる様子も無く、状況を確認していく。そんな中、ある1点で凛の視線が止まる。


「・・・あら」


大木の根元に開いた大きな穴。
かつての住人は行方不明のままだが、寝床として使われていた穴はそのときのまま。


「・・・。元気にしてるかな、小太郎。生きてたらいいけど」


謙信にはあぁ言ってしまったが、やはり世話をしていた身としては気になってしまうもの。
何気なしに呟き僅かばかり昔を思い出した後、振り返れば予想外の展開に一瞬凛の思考が止まる。


「え、あの・・・えええ?」


背負っていた武器を外し、深々と土下座している風魔。
頭を下げさせるような事を何かしたっけ?と疑問に思うにも思い当たる節は全くない。


「頭上げて、早く!」


動揺しながら半ば命令口調で指示すれば、素直に風魔はそれに従う。
一体何なんだと動揺している凛を前に、ゆっくりと風魔が口を動かした。


(かってに、いなくなって、ごめんなさい。あのとき、あなたが、こわくなった)

「うん?勝手に?私が怖くなった?・・・、え、まさか」


恐る恐るさっきも呟いた名前をもう一度音にする。
すると目の前の風魔が纏う雰囲気が一瞬にして明るくなった(ように見えた)


「うわ・・・大きくなったのね・・・。そう、ちゃんと生きてたんだ」

(・・・おこらない?いなくなったのに)

「別に?怒る理由が無いわ」

(あなたが、こわくなったのに?)

「人が、己と違うものに恐怖を抱くのは自然な流れよ。そんなことに一々目くじら立てていられないもの」


それとも小太郎は怒られたいの?と尋ねれば、首を横に振られてしまう。
ならば何故そんなに何度も聞くのかと今度は凛が首を傾げれば、不意に頭に重みを感じた。


「・・・ちょっと。何勝手に私の頭を肘置きにしてるのよ」

「いや、結構良い高さだなって。因みに何で坊主が何度も聞くか教えてあげようか?」

(・・・!!)


凛から顔は見えないため男の表情はわからないが、恐らくイイ笑顔をしているのだろう。
目の前で若干焦っている風魔がいい証拠だ。


「坊主はさ。お嬢に拒絶されないかが心配なんだよ、な?・・・っと!!」


不意に軽くなる頭、そして目の前から消える小太郎。
やがて聞こえるのは風を切る音と、何かを弾く音。


「やだなー、坊主照れ隠し?お嬢に当てるなよー?」

「・・・なんで、こー・・・ねぇ?」


1日に同じ様な展開を2回も目の当たりにすれば怒る気も失せてしまう。


「・・・小太郎」

(・・・!)


小さく呟けど、さすが忍と言うべきか。
すぐ目の前に現れた風魔は凛が何か言う前に再びその場に正座した。


「や、怒るわけじゃないんだけど。え、立ったら見下すから嫌だ?・・・あぁ、そう。じゃそのままで良いわよ」


図体は大きいくせに縮まりこんで正座する姿が子どものように見えて思わず笑いが込み上がる。
それを必死に押さえ込んで、小太郎と視線を合わせるように(と言っても兜で見えないが)しゃがみ込む。


「今までどうしてたかとか聞かない。けどね、わざわざ姿見せに来てくれてありがとう。・・・ほんと、生きててよかった・・・」


小太郎の首に回した腕は拒絶されることなく受け入れられる。
謙信に聞かれたとき見栄を張ってあぁ言ったものの、本当はありとあらゆる手段を使って行方を調べたかった。
ただやらなかったのは最悪の事態が怖かったのと、一人の人間に深く立ち入ることの出来ない土地神としての立場。
だから彼が自分の意思で甲斐を出たことを把握するだけに留めておいた。
それゆえ凛の最後の言葉は、十数年ぶりに渡った末の安堵から生まれた紛れもない本心でもあった。
聡くもその意味に気が付いた小太郎はおずおずと行き場をなくしていた手を凛の背に回す。



(・・・小さい)


力を込めればあっという間に折れてしまいそうな細さ。
己が子どもの頃、こうしてもらった記憶はないがあの頃もこんなに細かっただろうか、と思ってしまう。


(・・・ごめん、なさい・・・)


勝手に恐怖を抱き、勝手に居なくなったことに対して。
読み書きも教えてもらったのに結局犬畜生以下に成り下がったことに対して。
何よりも居なくなって月日がたつのに己を心配してくれていたことに対して。

ただ黙って心の中で謝罪した。


 


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